図5.1.1に、綾里及び南鳥島における降水中pHの2009年の測定結果を示す。2009年の年平均値は綾里がpH 4.7、南鳥島がpH 5.2であった。南鳥島に比べ、綾里での降水中の酸性度が強い。南鳥島では、1月から3月に冬型の気圧配置が弱かったことから、大陸及び日本付近の大気の影響が降水に現れなかった。綾里及び南鳥島における日ごと降水中のpH頻度分布を図5.1.2に示す。どちらも最頻濃度のpH値から低酸性度側になだらかに分布しており、特に南鳥島ではpHの大きな試料も見られた。
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図5.1.1 日ごとと月平均の降水中pH(2009年)。月平均値は降水量の重みをかけた加重平均値。(a)は綾里、(b)は南鳥島。 |
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図5.1.2 日ごと降水中pHの頻度分布(2009年)。(a)は綾里、(b)は南鳥島。 |
後述するように、南鳥島の南西約1200 kmにある北マリアナ諸島アナタハン火山の噴火による影響で、2005年には綾里でpH 3.5、南鳥島でpH 4.0を下回るような降水が観測されていたが、2006年以降はこのような酸性度の強い降水はほとんど観測されなくなった。また、比較的酸性度の強い降水については、綾里ではほとんど季節変化がないのに対し、南鳥島では北西季節風により大陸及び日本付近の大気の影響を受けやすい1月から3月にかけて観測されることがある。
降水には、海水飛沫などによる海塩粒子や、土壌粒子、人為起源の酸性物質などが取り込まれる。化石燃料の燃焼、火山の噴火などによって放出された二酸化硫黄や自動車などの排ガスに含まれる窒素酸化物は、酸化されてそれぞれ硫酸や硝酸となり、雲の中で雨滴が成長する過程で取り込まれたり(レインアウト)、降下してくる雨滴に衝突して取り込まれたり(ウォッシュアウト)する。この雨滴の中では硫酸や硝酸が解離して水素イオン濃度が増加し、雨滴が酸性化する。大気中には自然起源によるものも含めて降水のpHに影響を与えるさまざまな物質があり、これらにより生じるイオンが雨滴中で相互にバランスしてpHが定まることから、人間活動の影響による酸性雨を厳密に定義することは難しい。しかし、一般的には、大気中の二酸化炭素のみが純水中に溶けた場合のpH値5.6を用いて、pH 5.6以下の降水を「酸性雨」と呼ぶことがある。
図5.1.3に、綾里と南鳥島における降水中pHの経年変化を示す。綾里では、1976年の観測開始直後はpH 5.0以上を記録したが、それ以降はpH 4.4から5.0の範囲で変動している。観測開始からの全期間(1976年から2009年の34年間)を通して見ると、有意な長期変化傾向は見られない。南鳥島は1996年から2002年までpH 5.5から5.8の範囲で推移していたが、近年はpHが低下している。
2003、2005年の南鳥島の顕著なpH低下は、2003年5月から6月、2004年4月から2005年9月にかけて噴火活動が活発化した南鳥島の南西約1200 kmにある北マリアナ諸島アナタハン火山の、二酸化硫黄を大量に含む火山ガスの流入が原因の一つと考えられる。
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図5.1.3 綾里と南鳥島における降水中pHの年平均値の経年変化。年平均値は降水量の重みをかけた加重平均値。 |
Streets et al.(2000)は、酸性雨の原因となる物質の一つである二酸化硫黄の放出が、アジアでは1990年から1997年までに16.3%増えたと指摘している。それにもかかわらず、綾里で顕著な長期変化傾向がみられない理由を、Massie et al.(2004)は、輸送の途中で酸性物質がカルシウムの豊富な黄砂によって部分的に中和されているためとしている。
南鳥島の2003、2005年の大幅なpH低下は、前述したようにアナタハン火山の噴火等により放出された二酸化硫黄の影響による一時的なものである可能性が大きいが、2008年以降もpHが低く2002年以前の値に戻っていないことや、小笠原村父島における他機関の観測にも2000年以降にpHの低下が見られることから、大陸の酸性物質が南鳥島にまで輸送されてくる頻度が高まってきている可能性もあり、今後経過を観察して詳細に解析していく必要がある。
第5.2節で記述するように、化石燃料の燃焼によって放出された二酸化硫黄や自動車などの排ガス中の窒素酸化物は、酸化されてそれぞれ硫酸や硝酸となり、降水に取り込まれる。降水中では硫酸や硝酸が解離し、水素イオンと、硫酸イオンや硝酸イオンとなる。水素イオンは大気中のアンモニアやアルカリ性のカルシウム化合物によって中和されるため、降水中の水素イオン濃度を表すpHだけでは酸性物質の降下量を評価できない。硫酸イオン及び硝酸イオンの降下量により、酸性物質の降下量を評価する必要がある。