エーロゾルの気候への影響 エーロゾルは、直接的には、日射を散乱・吸収して地上に到達する日射量を減少させ、気温を低下させる日傘効果を持つ。一方で地球からの赤外放射を吸収・再放射するという温室効果も持っている。さらに、これらの直接的な効果の他に、雲粒の核となる微粒子(雲核)として雲の性状(雲粒の数や粒径分布や滞留時間)を変化させることにより、間接的に地球の放射収支を変えるという効果も持っている。対流圏中のエーロゾルは一般に寿命が短く、地上や海面からの放出量も変化が大きいので、その濃度は時間や地域によってかなり変動する。そのため、その分布と変動の把握は難しい。 |
ブラックカーボンの気候への影響 エーロゾルの多くは太陽光を反射・散乱し、直接的には大気を冷却する効果を持つ一方で、ブラックカーボン(黒色炭素)と呼ばれるすすの一種のエーロゾルは、太陽光を吸収し大気を暖めて温暖化を促進する。このブラックカーボンは石炭やディーゼルエンジン、薪などの生物燃料、バイオマスバーニングなどの不完全燃焼から放出される。中国は、それらの燃料が広く使われるとともに、その燃焼温度が比較的低いため、ブラックカーボンの放出が特に多いとされている(Streets et al., 2001)。 |
東アジアでのエーロゾル光学的厚さの特徴 日本を含む東アジア地域では、海塩粒子のような自然起源のエーロゾルに加えて、化石燃料の燃焼ガスから生成される硫酸を主成分とするエーロゾル(硫酸塩エーロゾル)、化石燃料の燃焼時に直接放出されるすす、森林火災からの煙粒子、黄砂に代表される砂塵など多様なエーロゾルが混在している。これらは、それぞれ日射の反射や吸収特性が異なるため、その分布状況に応じて、気候に対して複雑な光学的な特徴をもたらしている。例えば春季に日本付近のエーロゾル光学的厚さが大きくなるのは、一般的には黄砂現象によるものと考えられている。しかし、Takemura et al.(2003)は、春季に東アジアから輸送されてきた大気汚染が、日本付近で黄砂と同程度にエーロゾル光学的厚さに影響していることを示している。また、Tsutsumi et al.(2004; 2005)は、春季に与那国島でアジア大陸からの大気汚染や森林火災の煙とみられる大きなエーロゾル光学的厚さを観測している。 |
エーロゾルと地域的な気候との関連基礎知識の「エーロゾルの気候への影響」でも述べたように、エーロゾルは地球の放射に影響する。これが地域的な気候にも影響していることがわかってきている。Zhao et al.(2006)は、中国東部において、エーロゾル光学的厚さの増大とともに、降水量が減少していることを示した。中国東部では主なエーロゾルの一つとしてこの後に述べるようにブラックカーボン(すす)があり、これは日射を吸収するため、エーロゾルの増加は上空を暖めて対流が起こりにくくする(大気の安定度を高める)。Zhao et al.(2006)は、実際にエーロゾル光学的厚さの増加とともに大気の安定度が増大してきていることを示して、雲や降雨をもたらす上昇流の抑制を示唆している。また、降雨の減少はエーロゾルの寿命を延ばすため、さらにそれによる降水量の減少という、正のフィードバックの可能性も指摘している。 |
直達日射計によるエーロゾル光学的厚さの算出第4.4節に記述するように直達日射量から計算される大気混濁係数は、大気中のエーロゾル、オゾン、二酸化炭素、水蒸気などによる日射の減衰をあらわしており、エーロゾルだけの影響は、そのままではわからない。しかし、直達日射量に大きな影響を及ぼす水蒸気やオゾンなどの影響を分けて評価できれば、それらを除外することによって、エーロゾルの影響(エーロゾルの光学的特性)を評価することができる。Hashimoto et al.(2006)は可降水量とオゾン全量からそれらの影響を取り除くことによって、直達日射量からおおよそエーロゾルのみの影響だけを評価することを可能にした。直達日射計は全国に展開されているため、これによって、地域的なエーロゾルの把握が可能になった。この成果は気象庁の紫外線情報において、地域別なエーロゾルの影響を考慮した紫外線量の算出などに利用されている。 |
黄砂現象とその社会的影響 黄砂現象の影響として、北東アジア地域の発生域周辺では砂塵嵐による農業生産や生活環境への被害が拡大している。例えば中国では、1993年5月の黄砂の砂塵嵐で85名の死者と12万頭の家畜が被害を受け、その総損害額は5.6億元に上っている(黄砂問題検討会, 2005)。また、韓国でも2002年の黄砂現象では学校が休校になったり、精密機械工場が操業停止になるなど社会的に大きな影響が出た。日本では、これまで人的な被害は報告されていないが、視程悪化により交通機関に影響が出たことがある。 |
黄砂現象の気候への影響黄砂現象は、このような社会的影響だけでなく、日射の散乱・吸収及び赤外放射の吸収過程、雲の生成などを通して、全球の気候に影響を及ぼしている。気象研究所の全球黄砂モデル(Tanaka et al., 2005)によると、黄砂粒子は日射に対して弱い吸収特性を示すため大気を加熱するが、同時に日射を散乱させる日傘効果により地表面に達する日射を減少させている。結果として、全球平均すると、黄砂が大気中にない場合と比較して、−0.3 W/m2という弱い冷却効果を示している(気象庁, 2005b)。さらに、海洋に落下した黄砂粒子の化学成分は、海洋表層のプランクトンなどを通して海洋の生態にも大きな影響を与えていると考えられている(「黄砂現象に関する最近の知見」参照)。 |
気候による黄砂現象の変動 黄砂現象に関する長期的なモニタリングとしては、気象観測による検出が有効なデータとなっている。全ほか(2002)は、韓国における気象観測データを調べて、過去約100年間の黄砂観測日数の変化を明らかにして、黄砂現象が1940年代に大きく増加した後減少し、最近になって再び増えてきていることを示した。 |
黄砂現象と生態系また、黄砂を初めとする風送ダストは日射を通して気候に影響するだけでなく、第2.1節の最近の知見でも述べたように、土壌中の鉄分などの微量栄養素を海に運ぶことによって海洋生態系を変え、それによって気候にも重大な影響を及ぼすことがことがわかってきた。海洋中の植物プランクトンの生産や活動を制限している微量栄養素のひとつに鉄分があるが、通常は鉄分の海洋への補給は沿岸に限られている。しかし、東アジアでは、黄砂が大気汚染物質である二酸化硫黄と混合すると、鉄が水分に溶けやすいpHになるため、黄砂に付着してその長距離輸送にともなって北太平洋の鉄分が不足している地域に、鉄を供給している可能性がある(Meskhidze, et al., 2005)。彼らは、実際に黄砂現象のあとに、北太平洋上でクロロフィルの増殖を衛星から確認している。ただし、この輸送メカニズムは黄砂現象の規模が大きすぎると、二酸化硫黄より黄砂中の炭酸カルシウムの増大によるpHの上昇のため効果が薄れるとも指摘しており、また用いたモデルや化学プロセスの限界からも不確定さがあると述べている。また、北太平洋だけでなく、日本海でも雨を伴った黄砂現象があると、植物プランクトンの繁殖が例年より早く始まることが、衛星観測によりわかっている(Jo et al., 2007)。このように鉄分を含む風送ダストの海洋への輸送は、地球規模で広く海洋生物圏や地球化学への影響を与えていることが明らかになっている(Jickells et al., 2005)。さらに気候への影響も懸念されているが、その関係は複雑であり、もっと地球全体にわたる包括的な研究が必要である。 さらに、第5章で記述するように、黄砂に含まれるカルシウムなどは、東アジアの酸性雨(酸性沈着)を緩和しているとも推定されている。 |
過去の火山噴火による世界の大気混濁度の変動についてエーロゾルは通常、1〜2週間で雨により大気中から除去されるが、激しい火山噴火によって、最も高い雲のさらに上まで火山ガスが吹き上げられた場合、火山ガスはエーロゾルへと転化し、対流圏に下りて、降水によって地表面に落とされるまでの1〜2年の間、気候に影響を与える。最も新しいところでは、1991年にフィリピンのピナトゥボ火山が噴火して、気候に大きな影響を及ぼした(第4章、地球環境に関するエーロゾルと大気混濁度の基礎知識を参照)。近年、この百数十年間において、大規模火山噴火によりしばしば大気が数年にわたり混濁したことがわかってきた。IPCC第4次評価報告書では、気候モデルを使って過去140年にわたって、どの時期にどの程度大気が混濁したのかを報告している(IPCC, 2007)。
図4.1 1860年から2000年までの火山噴火によって成層圏で生成された硫酸エーロゾルによる推定された波長550 nmでの光学的厚さの推移(IPCC第4次評価報告書による)。 |
エーロゾル光学的厚さ | エーロゾル鉛直分布 | 黄砂現象 | 直達日射量 | 大気混濁係数