アジア大陸は越境汚染を引き起こす大気汚染物質の大きな放出源の一つとみられており、その西太平洋域への影響を調べるために、1990年代にアジア域で航空機などを用いて数多くの研究がなされた。これらの中で、アジア大陸が風下の西太平洋域へ与える主な影響やメカニズムについては、大気・海洋環境観測報告第7号(気象庁, 2007)第2.6節に記述している。
東アジア域における対流圏オゾンの動向オゾンゾンデ観測は、成層圏のオゾン変動の状況を高度別に把握する上で有効であるとともに、東アジア域での対流圏のオゾンの分布とトレンドを知る上でも有効な手段となっている(例えば、Logan, 1985; Akimoto et al., 1994; Lee et al., 1998; Oltmans et al., 1998; Logan, 1999; Logan et al., 1999; Naja and Akimoto, 2004)。Akimoto et al.(1994)の札幌、つくば、鹿児島の高度0–2 kmでの22年間のデータを使った解析によると、オゾン濃度は1.4〜2.5%/年の割合で増えている。また、Lee et al.(1998)は、那覇の9年間のデータから、2.5±0.6%/年の割合で増えているとしている。Naja and Akimoto(2004)は、1970〜1985年と1986〜2002年の上記3地点の平均濃度を比較して、オゾン濃度が大気境界層内で5.5 ppb(15.7%)〜10.7 ppb(30.8%)増加、対流圏下層で5.7 ppb(12.2%)〜7.8 ppb(18.0%)増加したことを示している。 一方、TOMS(Total Ozone Mapping Spectrometer: オゾン全量マッピング分光計)を使った25年間のトレンドも、中緯度太平洋上で対流圏オゾン全量の増加を示している(Ziemke et al., 2005)。また、衛星観測によるオゾン前駆物質である窒素酸化物の東アジアでのトレンドが評価できるようになってきており(Irie et al., 2005)、Richter et al.(2005)は、衛星搭載測器のGOME(Global Ozone Monitoring Experiment)の観測結果から、2002年の東アジアの窒素酸化物(二酸化窒素)濃度が、1996年と比べて4割以上増加していることを示している。その後、やはり衛星搭載のSCIAMACHY(Scanning Imaging Absorption Spectrometer for Atmospheric CHartographY)の観測結果と合わせて、2003年から2004年にさらに増加していることも示している。そのため、Naja and Akimoto(2004)は、日本上空の対流圏オゾン濃度の増加は、中国や韓国など東アジア地域から放出された窒素酸化物などの影響によるものであると指摘している。 さらに、定期航空便を使った大気化学観測プロジェクト(Measurements of Ozone, Water Vapour, Carbon Monoxide and Nitrogen Oxides by In-Service Airbus Aircraft: MOZAIC)では、東京、名古屋、大阪上空の対流圏オゾンを、1995年から2001年までに1,899個の鉛直分布から全量として観測しており(Zbinden et al., 2006)、その結果によると、日本付近では対流圏オゾン全量が年0.8%の割合で、増加していると結論している。 東アジアの大都市(メガシティと呼ばれている)は、面積では全体の2%以下であるのに、約10%の大気汚染物質を放出しているという説もある(Guttikunda et al., 2005)。一方、東アジアから放出されるオゾンとその前駆物質は、ヨーロッパ、北アメリカを含むほぼ北半球全域のオゾン濃度を押し上げる(Wild and Akimoto, 2001; Akimoto, 2003)とともに、アメリカやヨーロッパからのオゾンの大陸間規模の輸送も日本上空の高濃度オゾンに寄与していることが示唆されている(Wild et al., 2004)。これらは、たとえ汚染源から離れていても、遠方の大気汚染の影響を受ける可能性を示しており、長距離越境汚染として懸念されている。 Chameides et al.(1999)によれば、中国東部の観測点(Longfengshan、Qingdao、Linan)及びHong Kongでは地上オゾン濃度が高く、特に長江河口近くのデルタ地帯にあるLinanにおける月平均濃度の極大は60 ppbを超えている。Wang et al.(2001)は、やはりLinanにおいて、場合によっては130 ppbを超える日最大オゾン濃度とやはり高濃度の大気汚染物質を報告している。また、Wild and Akimoto(2001)はモデルを使って、東アジア域でのオゾンを含む大気汚染物質の放出が、ヨーロッパや北アメリカに比べて、放出源付近だけでなく風下の対流圏に大きな影響を与えることを示唆している。今後、中国を含めた東アジア域での人間活動の活発化にともないオゾン前駆物質の排出量が増加すれば、地上オゾン濃度はさらに上昇する可能性がある。 | |
ジェット気流の季節による位置と成層圏からのオゾン流入上部対流圏では、全般に春季から夏季にかけて成層圏からのオゾン流入がみられるが、時期により少しずつ場所がずれている。これは、対流圏界面の折れ込みによって成層圏からのオゾンの流入がジェット気流周辺で起こるため、特に日本付近では亜熱帯ジェット気流の存在頻度の、時期による違いを反映している。冬季は一般的に亜熱帯ジェット気流が南下して日本付近から離れるため、対流圏界面付近を除いて鉛直濃度勾配は大きくない。これらの結果はOltmans et al.(2004)による日本のオゾンゾンデの解析結果とも一致する。なお、対流圏界面の折れ込みによる成層圏空気の流入については、小倉(2000)の第8章に詳しい解説がある。ただ、対流圏オゾンの基礎知識に示すように、春季から夏季にかけての成層圏からの流入が、地上オゾン濃度の季節変動にどこまで影響しているかは、まだはっきりとわかっていない。温暖化が進むと、成層圏と対流圏の循環の強化により、成層圏から対流圏へ流入するオゾン量が増加するという説もある(Sudo et al., 2003)。 | |
南極での地上オゾン濃度変動について南極は、オゾンホールに代表されるオゾン層破壊が地球上で最も顕著に表れる地域である。しかし、オゾン層破壊はほとんどが成層圏で起こるため、対流圏を代表する地上オゾンは、オゾン層破壊の影響を直接は受けない。一方、南極は人間活動による影響が最も少ない地域であり、人為起源の窒素酸化物や炭化水素などのオゾン前駆物質は極めて少ないと考えられる。そのため南極の対流圏のオゾン濃度を主に制御しているのは、大気中の輸送過程と考えられている。しかし、そのメカニズムはまだよくわかっていない部分がある。南極の昭和基地では、1997年1月から地上オゾン濃度の連続観測を行っている。 南極では数時間という短時間であるが急激に濃度が減少することがある(2009年のデータ取得状況の項参照)。通常雪面や氷面上でのオゾン破壊は少ないため、この原因として、通常の地表面との接触によるオゾン破壊とは異なったメカニズムが考えられる。北極域では、成層圏オゾン破壊メカニズムと同様の、臭素化合物が引き起こすオゾン破壊による地上オゾンの低濃度現象がしばしば観測されている(例えばBarrie et al., 1988; Haussmann and Platt, 1994)。また、南極域においてもやはり同様な原因による短期間の地上オゾンの低濃度現象が観測されている(Wessel et al., 1998)。熱帯海洋域では波のしぶきから海水中の臭素が放出されることが知られているが、極域での臭素の起源は不明であった。近年、氷の上の霜の花(frost flowers; 新鮮な氷の上に成長するポップコーン大の氷の結晶)が、成長する際に氷上に濃縮された成分を花弁状の結晶から放出するとして、極域での臭素の起源の一つとして考えられている(Kaleschke et al., 2004)。しかし、Kalnajs and Avallone(2006)は、霜の花から臭素が直接気体として放出されるというより、霜の花から放出される海塩エーロゾルが臭素の起源かもしれないとも指摘している。 | |
航空機や衛星による反応性ガスの観測プロジェクト人間活動により変動する大気成分に関する広域の観測データを得るため、航空機や衛星による観測が行われてきた。欧州では、MOZAIC(Marenco et al., 1998)やNOXAR(Dias-Lalcaca et al., 1998)などの下、オゾンや窒素酸化物などの航空機観測が行われた。太平洋地域でも、TRACE-P(Jacob, 2003)の下で航空機による研究観測が行われた。宇宙からは、米国航空宇宙局(NASA)の地球観測衛星のTerraやAuraに搭載されたセンサーによる観測が行われており、MOPITTを用いた一酸化炭素などの観測(Emmons et al., 2004)や、OMIとTESを用いたオゾン観測(Worden et al., 2007)などが行われている。 | |
近年の光化学オキシダントの状況について高濃度の光化学オキシダント(太陽光との反応によってできるオキシダント)は、人間の呼吸器や目に被害を与える。そのため、各地方自治体等がその状況を監視することとなっている。しかし、環境省の発表によると、環境基準の達成状況は、低い状態で推移している(図2.6.2)。しかも光化学オキシダントの濃度は増加傾向にあり、全国の年平均濃度で1985年から2004年までで約5 ppb増加したとされている(環境省, 2007)。また近年、これまで光化学オキシダント注意報が発令されたことがなかった長崎県、熊本県(2006年)、新潟県、大分県(2007年)、長野県、佐賀県(2008年)、鹿児島県(2009年)で初めて発令されるなどが特徴となっている。
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広域大気汚染予測に向けた取り組み近年、これまで光化学スモッグの発生がほとんどなかった地域を含めて広域に光化学スモッグが発生する事例があり、特に2007年春〜初夏には全国的に光化学スモッグが発生し、自治体から関係省庁に対して対策を求める動きがあった。これを受け、気象庁では気象研究所で開発された全球大気汚染気象予測モデルを用いて広域の大気汚染に関する気象情報を提供できる体制を整えてきた。 2010年8月3日から、翌日の気象が広域に光化学スモッグの発生しやすい状態になると予測される場合に、気象庁本庁が各地方の見通しを「全般スモッグ気象情報」として取りまとめて、午前11時頃に発表している。全般スモッグ気象情報の発表により、翌日の広域の光化学スモッグに係る情報が提供されるため、自治体や一般において前日日中より翌日の対応等の検討が可能となる。 | |
長距離越境大気汚染の監視に関する国際的な取り組み欧州監視評価計画(EMEP)は、国連欧州委員会(ECE)の長距離越境大気汚染条約(1979年に署名)に基づき、酸性雨の原因となる大気汚染物質などの長距離移動を監視・評価するための国際計画である。この計画は、大気汚染物質などの測定と大気輸送・沈着のモデリングなどを内容としており、欧州各地にオゾンや酸性雨などの観測網を展開するとともに、観測データの品質維持を図る化学調整センターがノルウェー大気研究所(NILU)に設置されている。同センターの活動はWMO全球大気監視(GAW)などの国際計画と密接な協力の下で運営されている(EMEP, 2003)。 アジアでは、2001年に東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が本格稼動を開始した(大泉、2006)。EANETは、東〜東南アジア地域の13か国の参加により、湿性沈着(酸性雨)及びこれに関連したオゾンや硫黄酸化物等のガスや粒子に関する監視を行っている。事務局が国連環境計画(UNEP)アジア太平洋地域資源センター(タイ)に設置されるとともに、観測データの収集・評価や研修などの活動を行うネットワークセンターとして財団法人日本環境衛生センターアジア大気汚染研究センター(新潟)が指定されている。 |
日本における地上オゾン濃度 | オゾンゾンデによる対流圏オゾン鉛直分布 | 昭和基地における地上オゾン濃度