対流圏オゾン

2.6 対流圏オゾン

 大気中のオゾン(O3)の大半は成層圏に存在し、対流圏にあるオゾンの総量は大気中のオゾン総量の10%に満たないが、地球大気の中で重要な役割を担っている。オゾンは紫外域ばかりでなく赤外域にも吸収帯をもっており、対流圏オゾンは温室効果ガスの一つである。この対流圏オゾンによる温室効果は、特に対流圏界面近くで顕著になると言われている。IPCC(2007)によると、対流圏オゾンの、1750年以降の増加による放射強制力は0.35 [0.25〜0.65] W/m2であり、対流圏オゾンは、二酸化炭素、メタンに次いで影響力のある気体とされている。全球平均に比べて気温上昇が加速されている熱帯地方や北極域では、二酸化炭素やメタンなどの長寿命の温室効果ガスに加えて、それぞれ開発途上国と北半球中高緯度から放出されたオゾンが温暖化に大きな役割を果たしているとの指摘もある(Shindell et al., 2006)。
 また、対流圏オゾンは、大気汚染の原因の一つであるオキシダントの大部分を占め、光化学スモッグを引き起こして人間の呼吸機能や皮膚に 被害を与えることが知られている。さらに、オゾンは、紫外線のもとで水蒸気と反応して強い酸化能力を持つOHラジカルを生成する。OHラジカルは、大気中のメタンや一酸化炭素などの除去に大きな役割を果たしており、メタンや一酸化炭素などの反応を含む対流圏化学に大きな影響を与えている(第2.2節第2.5節を参照)。

 ここで報告する対流圏オゾンの観測は、観測所に設置されたオゾン濃度計や気球で飛揚するオゾンゾンデによって行われている。オゾン濃度計で観測する大気境界層内のオゾンを、気柱全量などとの違いを明確にするために、「地上オゾン」と呼んでいる。本節では、地上オゾンデータ及びオゾンゾンデデータを用いて、対流圏オゾンの状況について報告する。


◆地球環境問題に関連する対流圏オゾンの基礎知識

光化学オキシダントによる人間の健康への影響

 光化学オキシダントとは、自動車や工場から排出される窒素酸化物や炭化水素が太陽からの紫外線を受けて光化学反応して生成される酸化物質の総称で、オゾン、パーオキシアセチルナイトレート(PAN)などが含まれる。光化学オキシダントの大部分はオゾンである。
 光化学オキシダント濃度が高くなってスモッグ状になったものを、光化学スモッグと呼ぶ。光化学スモッグは、夏を中心に、風が弱く、気温が高く、日射の強い日に発生することが多い。光化学スモッグが発生すると、目がチカチカしたり、のどが痛くなったり、頭痛がしたりすることが知られている。このように人間の健康に影響があることから、大気汚染防止法では、光化学オキシダント濃度が一定値を超えて気象条件によりそれがある程度続くと判断される場合には、都道府県知事が光化学スモッグ注意報や光化学スモッグ警報(光化学オキシダント注意報・警報という県もある)を発令して、一般住民に注意を呼びかけるほか、工場等にオゾンの原因物質の排出を削減するように協力を要請することとなっている。注意報の基準は120 ppb、警報の基準は240 ppbである都道府県が多い。なお、望ましい環境として、1時間平均値で0.06 ppm(60 ppb)以下であることが国の環境基準として定められている。

対流圏オゾンによる生物への影響

 対流圏オゾンは、光化学スモッグとして人間に影響を与えるだけでなく、農作物や森林にも影響を与えることがわかっている。世界保健機関(WHO)は、ヨーロッパにおいてオゾンの植生への影響の指標として、濃度が40 ppb以上の時の濃度と時間の積(AOT40)を提示している(WHO, 2000)。そして同時に、作物収量へ影響の尺度として、昼間のAOT40の3か月間の積算値、森林への影響の尺度として、昼間のAOT40の6か月間の積算値を示している。Pochanart et al.(2002)は、利尻(北海道)、隠岐(島根県)、小笠原(東京都)、沖縄での観測を通して、日本においてもこの基準を超える場合があることを指摘している。実際にWang and Mauzerall(2004)は、長時間のオゾン暴露により、1990年に中国、日本、韓国において、小麦、米、トウモロコシは1〜9%、大豆は23〜27%生産が減少したと見積もるとともに、2020年にはオゾン濃度の上昇により、さらに生産が減少するだろうと予測している。
 この植物への影響は、穀物生産だけでなく、光合成を通して大気中のCO2濃度にも影響を及ぼすと考えられている。Sitch et al.(2007)は、植生への対流圏オゾンの影響は、CO2濃度増加による気孔の閉鎖によって被害が相殺される部分があるものの、IPCCのA2シナリオを使った2100年までの計算によると、対流圏オゾンの増加によって、陸上生物圏による炭素取り込みが17〜31%減少すると見積もっている。また、これによる間接的な放射強制力の増加は、対流圏オゾンそのものの温室効果による放射強制力に匹敵するとも指摘している。

対流圏オゾンの濃度変動の歴史と変化傾向

 IPCC(2007)によると、産業時代以前に比べて、現在の対流圏オゾン濃度は38%増加した。1990年代初めには、1900年頃と1990年前後における山岳などの高所における観測結果の比較から、都市域だけでなく全球規模での対流圏オゾンの増加が危惧された(Staehelin et al., 1994)。
 ヨーロッパ中緯度の対流圏における地上オゾン及びオゾンゾンデの観測結果によると、増加が大きかったのは1980年代前半で、その後は増加傾向が小さくなっている(Logan et al., 1999; Oltmans et al., 1998)。地上オゾンの観測データによると、北半球で最も増加率の大きいドイツのツークシュピッツェ山(Zugspitze: 47°N, 11°E, 標高2937 m)においても、1978〜1995年の統計期間において平均すると1.5%/年の増加率であったが、この期間の前半の増加率は3.06%/年であるのに対し、後半は0.63%/年となっている(Oltmans et al., 1998; WMO, 1999)。Oltmans et al.(2006)によると、北半球中緯度では近年増加が止まったか減少していると報告している。また、ハワイのマウナロア(20°N, 156°W, 標高3397 m)ではわずかな増加(1973〜1997年)だが、増加が大きいのはやはり1980年代前半である。一方、南極点(90.0°S, 標高2835 m)では明瞭な減少傾向(1975〜1997年)がみられ、季節的にはオゾンホールの発生する春の減少が大きい(Oltmans et al., 1998; WMO, 1999)。また、自由対流圏内においては、1980年以降明瞭な変化はみられない(Oltmans et al., 1998)。このように対流圏オゾンのトレンドは、地域や統計期間によって大きく異なる(WMO, 2007)。
 次に、オゾンゾンデ観測結果について述べる。札幌、つくばでは、1960年代末からオゾンゾンデ観測を行っている。つくばの観測開始以降の変化を見ると(図2.6.1)、1980年代末まで増加傾向が見られるが、それ以降は、ほとんど変化がないか、若しくは緩やかな減少傾向がみられる。Oltmans et al.(2006)の解析では、ドイツのホーヘンパイセンベルク観測所におけるオゾンゾンデ観測による対流圏オゾンの変化傾向もつくばと同様に、1980年代末まで増加傾向、それ以降は減少傾向であることが示されている。

つくばのオゾンゾンデ観測による1970年以降の700 hPaにおけるオゾン分圧(mPa)の経年変化

図2.6.1 つくばのオゾンゾンデ観測による1970年以降の700 hPaにおけるオゾン分圧(mPa)の経年変化。季節変動、太陽活動、QBOの影響を除去している。
Fig. 2.6.1 Time series of partial ozone pressure (mPa) at 700-hPa height at Tsukuba from 1970 after subtracting such influences as seasonal variation, the effects of solar activity and QBO.

 しかし、今後の予想として、Lelieveld and Dentener(2000)は、化学輸送モデルを用いて、IPCC IS92aシナリオを適用すると、2025年までに特にアジア東部と南部の北半球低緯度地方が非常に強いオゾン放出源となりうると計算している。そしてこれらは北半球全体のオゾン濃度に影響するため、ヨーロッパやアメリカでの大気汚染の規制にかかわらず、地上オゾン濃度は上昇し続けると見ている。
 なお、東アジアでのトレンドは、別ページに記述する。

対流圏オゾンの供給源と消滅源

 対流圏オゾンの供給源は、成層圏からの流入と対流圏での光化学反応による生成である。成層圏からの流入は、中高緯度の低気圧活動にともなう圏界面の折れ込みや寒冷渦付近での圏界面の不安定化などによって起こる。その発生場所は、ジェット気流の蛇行と密接に関連するという特徴がある(最近の知見や話題のページ参照)。光化学反応による生成は、日射のもとで窒素酸化物が一酸化炭素や炭化水素類と反応することによって起こる(そのため、これらのオゾン生成に寄与する物質を「オゾン前駆物質」と呼ぶことがある)。一方、対流圏オゾンの消滅は、OHラジカルなどとの光化学反応や地表などとの接触である。そのため、陸上の地表に近い所では、一般的に日射による生成と対流による上空からの混合が盛んな昼間に濃度が上昇し、大気が安定する夜間に地表との接触によって濃度が下がるという日変化をする所が多い。
 対流圏オゾンの総量は、IPCC(2001)によると370 Tg(3.7億トン)であるが、近年Stevenson et al.(2006)は、26のモデルの平均から、340 Tg(3.4億トン)と推定している。また、対流圏オゾンの寿命は高度や地域、季節によって大きく異なる。一般的に対流圏オゾンの寿命は、大気境界層内では短く(1日〜数日)、自由対流圏では長い(数十日〜数か月)。また光化学反応が活発な夏季は短く、冬季は長くなる。

対流圏オゾンの緯度と季節による変動

 緯度分布としては、例えば大西洋上についてはMarenco and Said(1989)が、西太平洋上についてはTsutsumi et al.(2004)が示したように、対流圏中層では南北両半球とも中・高緯度で濃度が高く、熱帯海洋域で濃度が低くなっている。ただし、地域や季節による変動が大きい。
 季節的な変動を見ると、北半球中高緯度では、オゾンゾンデによる対流圏オゾン鉛直分布の節でも示すように、多くの地点で春季に地上付近のオゾン濃度が最大になる。その原因については、冬季に蓄積したオゾン前駆物質によるオゾン光化学生成が、春季の日射量の増加によって高まることと、春季の低気圧活動にともなう成層圏からのオゾン輸送の活発化の2つが候補として挙げられている(Monks, 2000)。


内容構成一覧

概要 | 最近の知見や話題 | 参考文献

日本における地上オゾン濃度 | オゾンゾンデによる対流圏オゾン鉛直分布 | 昭和基地における地上オゾン濃度

温室効果ガスなどのGAW観測所 | 観測方法(地上オゾン) | 較正(地上オゾン) | 濃度傾向・全球濃度の解析