洋上大気中及び表面海水中の二酸化炭素濃度は、大気−海洋間での二酸化炭素交換の基本的な要素である。気象庁は、北西太平洋での洋上大気中及び表面海水中の二酸化炭素濃度の観測を気象研究所の研究観測として1981年に開始し、1989年からは定常観測として実施している。現在凌風丸(気象庁地球環境・海洋部所属)と啓風丸(神戸海洋気象台所属、2010年4月より気象庁地球環境・海洋部所属)により北西太平洋における海洋及び洋上大気中の二酸化炭素観測を実施している。
凌風丸及び啓風丸が観測した2009年の大気−海洋間の二酸化炭素分圧差(ΔpCO2=pCO2 sea−pCO2 air (pCO2 sea及びpCO2 airはそれぞれ表面海水中及び洋上大気中の二酸化炭素分圧))の分布を図2.1.4.1に示す。海洋から大気へ二酸化炭素が放出されている海域を赤(正)、大気から海洋へ吸収されている海域を青(負)であらわしている。
各海域ごとの詳細について以下に記する。
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図2.1.4.1 大気−海洋間の二酸化炭素分圧差(ΔpCO2)の分布。(a)2009年1月16日〜3月8日、(b)2009年4月22日〜5月10日、(c)2009年6月9日〜8月11日、(d)2009年10月30日〜11月23日。 |
東経137度線における2009年の洋上大気中及び表面海水中の二酸化炭素濃度、海面水温、海面塩分、全炭酸濃度、リン酸及びクロロフィルa濃度の緯度分布を
図2.1.4.2(冬季:1月)、
図2.1.4.3(春季:4〜5月)、
図2.1.4.4(夏季:7〜8月)に示す。
また、東経165度線における各要素の緯度分布を
図2.1.4.5(冬季:1〜2月)、
図2.1.4.6(夏季:6〜7月)に示す。
図2.1.4.7には2009年の冬季及び夏季の東経137度線の大気−海洋間の二酸化炭素分圧差の観測値、平均値(冬季が1984〜2008年、夏季が1990〜2008年)及び標準偏差(±1σ)の範囲を示す。
2009年の洋上大気中の二酸化炭素濃度は、東経137度線の冬季は386.9〜393.7ppm、春季は384.8〜402.7ppm、夏季は384.0〜391.4ppmであった。
北西太平洋亜熱帯域は低い栄養塩濃度と低いクロロフィル濃度で特徴付けられる。この海域の表面海水中二酸化炭素濃度は冬季に低く、夏季に高い季節変化を示す。結果として冬季の大気−海洋間二酸化炭素分圧差は夏季に比して大きな負の値となっている。
夏季の東経137度線の北緯14度から北緯21度では、例年に比べて小さな表面海水中の二酸化炭素濃度が観測され(図2.1.4.7(下図))、結果として大気−海洋間の二酸化炭素分圧差が平年を下回っていた。
北西太平洋亜熱帯域のおおむね北緯15度以南では表面海水中の二酸化炭素濃度の季節的な変動は小さく、洋上大気中の二酸化炭素濃度と同程度かわずかに低くなっている。一方、北緯15度以北では海水中の二酸化炭素濃度は季節変動が大きく、冬季から春季までは大気中に比べて海水中の方が大気中に比べて低いが、夏季の北緯22度以北では海水中の方が高くなり、大気へ二酸化炭素が放出される。
表面海水中の二酸化炭素濃度は、大気−海洋間での二酸化炭素交換のほか、生物活動、水温の変動、降水や蒸発による海水の希釈や濃縮、さらには他の海水との混合などの影響により変動する。北西太平洋亜熱帯域での表面海水中の二酸化炭素濃度の季節変動は、主として水温の変動(熱力学的過程)が主要因であり、冬季に低く夏季に高くなることがわかっている(Inoue et al., 1995)。
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図2.1.4.2 東経137度線(下図参照)の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸及び(f)クロロフィルaの緯度分布(2009年1月17日〜1月27日)。 |
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図2.1.4.3 東経137度線(下図参照)の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸及び(f)クロロフィルaの緯度分布(2009年4月23日〜5月4日)。 |
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図2.1.4.4 東経137度線(下図参照)の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸及び(f)クロロフィルaの緯度分布(2009年7月29日〜8月10日)。 |
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図2.1.4.5 東経165度線(下図参照)の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸及び(f)クロロフィルaの緯度分布(2009年1月25日〜2月13日)。 |
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図2.1.4.6 東経165度線(下図参照)の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸及び(f)クロロフィルaの緯度分布(2009年6月16日〜7月12日)。 |
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図2.1.4.7 (a)2009年1月及び(b)2009年7〜8月の東経137度線の大気−海洋間の二酸化炭素分圧差 (ΔpCO2) の観測値(青丸)、季節平均値(白丸、平均期間は(a)1984〜2008年、(b)1990〜2008年)及び標準偏差の範囲(陰影部)。 |
2009年夏季の東経165度線及び千島列島南東方線における洋上大気中及び表面海水中の二酸化炭素濃度、海面水温、海面塩分、全炭酸濃度、リン酸塩及びクロロフィルa濃度の経度分布を図2.1.4.6及び図2.1.4.8に示す。
洋上大気中の二酸化炭素濃度は、東経165度線上で385.6〜389.2ppm、千島南東方線上で386.3〜390.9ppmであった。
2009年夏季の東経165度線の北緯35度以北及び千島列島南東方線ではクロロフィルaが存在しているので、表面海水中の二酸化炭素濃度に生物活動が影響していると考えられる。
東経165度線の北緯42度から北緯38度や千島列島南東方線の東経155度以西及び東経159度から東経163度の海域では、表面海水中の二酸化炭素濃度は大気のそれに比べて低くなっており、大気から海洋へ二酸化炭素が吸収されている。
東経165度線で、周囲の海域に比べて低い海水中二酸化炭素濃度が観測された海域(北緯40度付近)は、高いクロロフィルa濃度の海域と一致していることから、この低濃度は局所的に活発な生物活動により二酸化炭素が消費されたためと考えられる。一方、千島列島南東方線の東経155度以西において二酸化炭素濃度が低かったのは、この海域が高い海面水温や高い塩分及び低い全炭酸濃度である海域と一致していることから、観測線の南西側では高い二酸化炭素濃度をもつ湧昇水の影響が北東側に比べて小さかったことによるものと考えられる。
亜熱帯域では、水温の季節変動が表面海水中の二酸化炭素濃度の変動の主要因であるのに対し、亜寒帯域では、水温の季節変動だけではなく、冬季の鉛直混合による下層からの高い二酸化炭素や栄養塩濃度をもつ水の供給やその栄養塩を使った生物活動もまた表面海水中二酸化炭素濃度に影響を与える。そのため、表面海水中の二酸化炭素濃度は大きな時空間変動を示す。
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図2.1.4.8 千島南東方線の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸塩及び(f)クロロフィルaの経度分布(2009年6月12日〜6月16日)。 |
2009年2月の赤道線における大気中及び表面海水中の二酸化炭素濃度、海面水温、海面塩分、全炭酸濃度、リン酸塩及びクロロフィルa濃度の経度分布を図2.1.4.9に示す。
赤道線の洋上大気中の二酸化炭素濃度は、2009年2月は、386.8〜388.2ppmであった。
2月の赤道線では東経153度以東では高い表面海水中二酸化炭素濃度が観測されており、東経160度付近では470ppmを超える非常に高い表面海水中二酸化炭素濃度が観測されている(図2.1.4.9)。
2009年2月に観測された表面海水中二酸化炭素濃度の高い海域は、2008年冬季と比べて東に移動した。これは2007年春から2008年春まで発生していたラニーニャ現象が終息したため、赤道付近の東風が弱くなり表面海水中二酸化炭素濃度の高い海域が東に移動したためと考えられる。
太平洋赤道域の表層は西部の暖水域と東部の湧昇域によって特徴づけられる。一般的に、西太平洋赤道域東部の湧昇域の表面海水は、西部の暖水域と比べて低温、高塩分で全炭酸濃度が高い。この湧昇域と暖水域の境界は太平洋赤道域の東風(貿易風)が強い(弱い)時期は西方(東方)へ移動し、太平洋赤道域西部の表面海水中の二酸化炭素濃度が大きく変動する(Ishii et al., 2004)。すなわち、この海域の表面海水中二酸化炭素濃度の変動はエルニーニョ/ラニーニャ現象の影響を大きく受けている。
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図2.1.4.9 赤道線の(a)洋上大気中(赤)及び表面海水中(青)の二酸化炭素濃度、(b)海面水温、(c)海面塩分、(d)全炭酸、(e)リン酸塩及び(f)クロロフィルaの経度分布(2009年2月14日〜2月20日)。 |
気象庁では、北西太平洋の東経137度線の洋上大気中及び表面海水中の二酸化炭素濃度の観測を、冬季(1〜2月)は1981年から、夏季(6〜8月)は1990年から実施している。
東経137度線の冬季の表面海水中の二酸化炭素濃度の分布(北緯7〜33度)の経年変化を図2.1.4.10に示す。なお、1981年及び1982年の測定に技術的な問題があったこと、また1983年の測定には北緯29度以北に欠測が多かったことから、1984年から図示している。表面海水中の二酸化炭素濃度は年々変動が大きく、特に低緯度側において年々変動が大きい。しかし、いずれの緯度においても長期的には増加傾向がみられる。
東経137度線の北緯7〜33度で平均した冬季の洋上大気中二酸化炭素濃度及び冬季の表面海水中の二酸化炭素濃度の1984年以降の経年変化を図2.1.4.11に示す。2009年冬季の洋上大気中の二酸化炭素濃度の平均値は388.1 ppmであり、前年より0.1 ppm増加した。1984〜2009年の平均した濃度年増加率は1.7±0.1 ppm/年(濃度年増加率の変動幅は95%信頼限界を示す)であった。一方、2009年冬季の表面海水中の二酸化炭素濃度は大気のそれより低く342.5 ppmであり、前年より2.7 ppm減少した。1984〜2009年の平均した濃度年増加率は1.5±0.2 ppm/年で、表面海水中と大気中との間の二酸化炭素濃度差は増加している。
この海域の冬季には、表面海水中の二酸化炭素濃度の方が大気中に比べて低く、海洋が大気中の二酸化炭素を吸収している。
1984〜2009年の表面海水中と大気中の二酸化炭素濃度の増加の割合は、それぞれ1.5±0.2 ppm/年と1.7±0.1 ppm/年で、表面海水中と大気中との間の二酸化炭素濃度差は増加している。ただし、表面海水中の二酸化炭素濃度には、時間的にも空間的にも大きな変動性があるので、この傾向が続くかどうかを引き続き注意深く監視していく必要がある。
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図2.1.4.10 冬季の東経137度線の北緯3〜33度における表面海水中の二酸化炭素濃度の経年変化(1984〜2009年)。 |
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図2.1.4.11 東経137度線の北緯7〜33度で平均した海洋と大気中の二酸化炭素濃度の経年変化(1984〜2009年)。 |
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