産業革命以降、特に近年は急速に、二酸化炭素やメタン、人工物質であるハロカーボン類などの温室効果ガスが増加しつつあり、これらがもたらす地球温暖化は人類が直面する大きな問題となっている。温室効果ガスの中にはオゾン層の変動にも関わっているものもある。さらに、それ自体は温室効果ガスではなくても、一酸化炭素のように光化学反応過程を通じて他の温室効果ガスに影響を与えるものもある。これら大気成分の濃度変化は、地球環境の将来にとって重大な関心事となっている。
温室効果ガスの増加による温室効果は、まず放射量の変化として現れ、その程度は放射強制力*として評価することができる(放射によるエネルギーバランスは図4.3.1参照)。米国海洋大気庁(NOAA)は、世界に展開した観測点からの温室効果ガス濃度データを集めて、温室効果ガスによる放射強制力と温室効果ガス年指標(Annual Greenhouse Gas Index: AGGI)を公表している(Hofmann et al., 2006)。それによると、2008年の温室効果ガスによる放射強制力は、1990年と比べて約26%増加し、合計で2.74 W/m2であった。NOAAのAGGIの計算はIPCC(2001)のTable 6.2によるが、これと同様の手法を用いて求めた、WDCGGの解析した主要3温室効果ガス(CO2、CH4、N2O)の全球平均濃度による放射強制力の経年変化を図2.1に示す。2008年のこれら主要3温室効果ガスによる放射強制力は、2.42 W/m2であった。
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図2.1 WDCGGの解析した温室効果ガス濃度による主要3温室効果ガスの放射強制力の経年変化。 |
気象庁は世界気象機関(WMO)/全球大気監視(Global Atmosphere Watch: GAW)計画(第9.1節を参照)のもと、南鳥島に「全球観測所」、綾里と与那国島に「地域観測所」を設置して温室効果ガスなどの連続観測を行うとともに、日本周辺海域及び亜寒帯循環域から赤道域に至る北西太平洋において、洋上大気中及び海水中の温室効果ガスの定期観測(第7.4節を参照)を実施している。海洋での観測は、海洋気象観測船凌風丸と啓風丸によって、年4回定期的に行われている。南極の昭和基地においては、地上オゾンの観測を行っている。観測地点や手法については、第7章に詳述している。
また、気象庁は、GAW計画のもと要素ごとに設立されている世界気象機関世界資料センター(World Data Centre: WDC)の一つである、温室効果ガス世界資料センター(World Data Centre for Greenhouse Gases: WDCGG)を運営し、世界各地の温室効果ガスなどのデータの収集・管理・提供及び収集されたデータの解析を行い、その成果を公表している(第9.2節を参照)。
本章では、気象庁自らが観測して得た大気及び海洋での観測データとともに、WDCGGで収集されたデータを解析した結果を用いて、温室効果ガス及び関連ガスの状況について報告する。なお、濃度(混合比)の単位は、SI単位系では、µmol/mol(10−6)、nmol/mol(10−9)、pmol/mol(10−12)、となるが、ここでは慣例として、それぞれppm、ppb、pptで表現している。
*放射強制力とは、ある因子によって地球−大気システムに出入りするエネルギーのバランスを変化させる影響力の尺度であり、気候変化させる可能性の大きさを示す。通常18世紀後半からの増加量として表す。
気象庁では、GAW計画(第9.1節参照)のもと、陸上の観測所と海洋気象観測船により温室効果ガスの観測を実施している。
まず、陸上での観測については、綾里、南鳥島、与那国島で二酸化炭素、メタン、一酸化炭素、地上オゾンの濃度を、綾里でハロカーボン類と一酸化二窒素の濃度を、札幌、つくば、那覇でオゾンゾンデを用いたオゾン鉛直分布を観測している(第7.1.1節、第7.1.2節を参照)。観測方法の詳細は、二酸化炭素濃度、メタン濃度、ハロカーボン類濃度、一酸化二窒素濃度、一酸化炭素濃度、地上オゾン濃度、オゾンゾンデによる観測、と種類別に記述しているのでそちらを参照のこと。また、気体の濃度の観測においては較正が不可欠であり、その方法の詳細も種類別に記述している(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、一酸化炭素、地上オゾン)。
さらに、海洋と大気との間の気体の交換量を正確に把握し、大気中濃度に及ぼす海洋の役割を定量的に明らかにするために、海洋で洋上大気と表面海水中の二酸化炭素濃度とメタン濃度の観測を行っている。加えて、海洋の表層から中深層水にいたる炭素の輸送のメカニズムを把握するため、全炭酸など関連物質を含めた鉛直方向の観測も行っている。海洋気象観測船による観測については第7.4節を参照のこと。
これらの観測の結果は、WMO温室効果ガス世界資料センター(第9.2節参照)へ報告され、地球全体の監視の一翼を担っている。
複数の観測所で観測を実施する理由は、地域での濃度とその変動特性を把握するためである。複数の観測所で観測を行うことにより、地域によって異なる放出源や吸収源の強さと変動を明らかにし、それぞれの温室効果ガスの放出・消滅プロセスや濃度変動プロセスの解明に貢献する。特に、複雑な炭素循環のメカニズムの定量的な理解が進めば、二酸化炭素の変動要因の解明に役立つとともに、人為起源による二酸化炭素排出にともなう将来の大気中の濃度を、自然の変動を含めてより正確に予測することが可能となる。また、一酸化炭素は大気汚染物質を作り出し、地上オゾンはそれ自身が大気汚染物質であるので、これらの変動のプロセスについての理解が深まることは、広域の大気汚染物質の現状把握にも貢献する。気象庁の観測は、これらの解明のために必要な観測データを取得することに貢献している。
実際に、航空機観測と気象庁の観測点を含む地上観測を組み合わせて、アジア域での二酸化炭素の放出量を推定する試みも行われている(Vay et al., 2004)。また、気象庁では、第2.1.3節で詳述するように、輸送モデルに逆解法と呼ばれる手法を適用することで、それぞれの陸域や海域ごとの放出量や吸収量を算出する試みを、各国と協力して進めている(Gurney et al., 2002)。
Doney S. C., V. J. Fabry, R. A. Feely, and J. A. Kleypas, 2009: Ocean acidification: the other CO2 problem, Ann. Rev. Mar. Sci., 1, 169-192, DOI:10.1146/annurev.marine.010908.163834.
Gurney, K. R., R.M. Law, A.S. Denning, P.J. Rayner, D. Baker, P. Bousquet, L. Bruhwiler, Y.-H. Chen, P. Ciais, S. Fan, I. Y. Fung, M. Gloor, M. Heimann, K. Higuchi, J. John, T. Maki, S. Maksyutov, K. Masarie, P. Peylin, M. Prather, B. C. Pak, J. Randerson, J. Sarmiento, S. Taguchi, T. Takahashi, and C.-W. Yuen, 2002: Towards robust regional estimates of CO2 sources and sinks using atmospheric transport models. Nature, 415, 626–630.
Hofmann, D. J., J. H. Butler, E. J . Dlugokencky, J . W. Elkins, K. Masarie, S. A. Montzka and P. Tans, 2006: The role of carbon dioxide in climate forcing from 1979 to 2004: introduction of the Annual Greenhouse Gas Index. Tellus, 58B, 614–619.
Vay, S. A., J.-H. Woo, B. E. Anderson, K. L. Thornhill, D. R. Blake, D. J. Westberg, C. M. Kiley, M. A. Avery, G. W. Sachse, D. G. Streets, Y. Tsutsumi, and S. R. Nolf, 2004: Influence of regional-scale anthropogenic emissions on CO2 distributions over the western North Pacific. J. Geophys. Res., 108(D20), 8801, doi:10.1029/2002JD003094.