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第2章 気候に関連する海洋の変動
2.2 日本近海の海洋変動
2.2.2 黒潮の要約はこちら
平成19年1月31日
本州南方における黒潮の流路は、大蛇行と非大蛇行の二つに大別される。流路の変動は、水温分布や日本南岸の潮位の変動をともない、 漁業をはじめとするさまざまな分野に影響を及ぼす。また、黒潮は大量の熱を低緯度から中緯度へ運んでおり、その流量の変動は大気への 熱放出量をつうじて気候に影響を与えていると考えられている。ここでは、黒潮の流路と流量の長期変動およびここ数年の状況を診断する。
黒潮大蛇行は1965年以降5回発生している。黒潮の流路は、2004年7月下旬に13年ぶりに大蛇行となり、2005年8月まで継続した。 大蛇行の継続期間は1年2か月で、前回1989〜1990年の大蛇行と同程度であった。また、東海沖での最南下緯度は、1980年代の3例の 大蛇行と同程度であった。大蛇行流路への移行期間にあたる2004年7月から東海地方沿岸で表層水温と潮位が高くなり、潮位の高い 状態は2005年2月まで続いた。
本州南方の黒潮の流量は、1980年代以降10年程度の周期で変動している。近年では1996年ころに極小、2000年ころに極大となり、 その後は2004年まで減少傾向であった。黒潮流量の変動は、北太平洋中央部における風の場の変動によって生じた海洋の内部構造の 変動が、3〜5年かけて西に伝わることで生じていると考えられる。
黒潮は英語でも ”The Kuroshio” と表記され、北大西洋の湾流(The Gulf Stream)などとともに世界有数の流れの強い海流
として知られている。黒潮は、北太平洋の低緯度から中緯度を大きく時計回りに循環している亜熱帯循環の西側部分に対する名称
である(コラム「海洋の循環」参照)。黒潮は、フィリピン東方付近から台湾東方を経て、東シナ海にはいる。東シナ海では
大陸棚斜面に沿って北東に流れ、その後、九州南方の屋久島と奄美大島の間のトカラ海峡を通過して太平洋にでる。黒潮はその後、
九州南東から四国・本州の南岸を東向きに流れ、房総半島沖まで達する(図2.2.2-1)。房総半島沖から本州を離れて東方へ流れる部分は
黒潮続流と呼ばれる。海面での黒潮の強流帯の幅は約100kmにも及び、流れの最も強い部分は黒潮流軸と呼ばれている。黒潮の流速は通常、
海面から深さ200m付近までの間で最大となり、最大2.0〜2.5m/sに達することもある。それ以深では深さが増すにつれて流速は減少するが、
黒潮の流れは深さ1000m付近まで及んでいる。流れを横切る方向の水温の鉛直断面図をみると、黒潮は等温線の深さが急激に変わる部分に
対応しており、流れの向きに対して右側(日本南方においては沖合側)の表層には左側に比べて暖かい水が分布している(図2.2.2-2)。
また、黒潮付近の海面の高さは、黒潮を挟んで流れの向きに対して右側が左側より高く、その差は約1mに及ぶ。この海面の高さの違いを
解消しようとする力と地球が回転している効果のために、流れに働く力とがほぼつり合っている。
黒潮のような海面から水深1000m程度までの海水の大洋規模の水平循環は、大規模な海上風によって引き起こされており、
風成循環と呼ばれる。北太平洋亜熱帯循環では、大洋の西岸を除く部分ではゆっくりとした南向きの流れとなっており、
その南向きの流量(単位時間に運ばれる海水の総量)は、海上を吹く風の応力の回転(摩擦によって海面が風から受ける力が
水平方向に違うことによって生ずる回転力)から求めることができる。時間変動のない定常状態においては、この南向きの流量
と同じ量の海水が西岸境界流として北向きに流れていることになる。したがって、理論的には北太平洋亜熱帯循環の西岸境界流である
黒潮の流量は北太平洋上の風の分布から推測することができ、40〜50×106m3/s 程度と見積もられている。
黒潮は、東シナ海では大陸棚斜面に沿って流れており、その流路は安定しているが、九州南東から房総半島沖での流路は
大きく変動する(図2.2.2-3)。特に、東海沖では、流路は南北方向に大きく変動する。
本州南方における黒潮の流路は、大蛇行流路と非大蛇行流路の2種類に大別できる。大蛇行流路は、本州南方の
東経136〜139度付近で北緯32度以南まで大きく蛇行する流路である。一方、非大蛇行流路は、四国・本州南岸に
ほぼ沿って流れる流路である(図2.2.2-1)。非大蛇行流路については、四国の南を直進した後、東海沖から関東の
南岸を直進する流路を非大蛇行接岸流路、紀伊半島から東南東へ進み八丈島の南を通る流路を非大蛇行離岸流路と
分類している(Kawabe,1985)。大蛇行流路と非大蛇行流路は、ともに比較的安定した流路であり、交互に入れ替わって、
いったんその流路で安定するとしばらくの間持続する。気象庁では従来、大蛇行流路が1年以上継続した場合を
「黒潮大蛇行」と定義していたが、潮位記録(串本と浦神の潮位差が小さい値に安定)と流路の形状(東経136〜140度で北緯32度以南まで蛇行)を組み合わせることにより、
継続期間にかかわらずより客観的に黒潮大蛇行を判定するよう、2006年4月に基準を改め、同時に過去の大蛇行期間を判定しなおした(吉田ほか,2006)。
同じ西岸境界流である大西洋の湾流には、大蛇行と非大蛇行の間の移行といった
流路変動はみられないことから、黒潮の本州南方における特徴的な流路変動は、伊豆海嶺など日本付近の独特の海底地形や、
本州などの陸地の配置がその原因として指摘されているが、現在もまだ完全には解明されていない。
黒潮の流れは深さ1000m付近まで及んでいるが、伊豆海嶺が存在する伊豆諸島付近では、三宅島とその北側および
八丈島付近で水深が500mより浅くなっているため、黒潮の通過できる深さ500〜1000mの場所は、三宅島と八丈島の間
(北側流路)と八丈島の南側(南側流路)に限られる。このため、非大蛇行接岸流路では北側流路を、非大蛇行離岸流路
では南側流路をとり、大蛇行流路では北側流路をとることが多い(川辺,2003など)。ただし、図2.2.2-2にもみられるように、
海面付近の黒潮流軸は、中層での流軸より、流れの向きに対して左側に位置するので、海面付近の流軸は水深500mより浅い三宅島付近、
あるいは三宅島の北側に位置することがある。図2.2.2-4は、衛星による海面水温画像から推定した大蛇行時の海面での黒潮流路の1例であるが、
流路は三宅島付近を通っている。
過去の黒潮大蛇行についてみると、多くの場合に、大蛇行流路が形成されるときは非大蛇行接岸流路から移行し、
大蛇行流路が解消するときは非大蛇行離岸流路へ移行している。非大蛇行接岸流路から大蛇行流路への移行は、
九州南東で発生した小蛇行が数か月かけて東進した後、東海沖で小蛇行が発達して起こることが知られている。
しかし、小蛇行のすべてが発達して安定した大蛇行流路になるわけではなく、そのほとんどは潮岬に到達する前に消滅するか、
そのまま東に流れ去る。小蛇行の発生原因には、北緯30度付近を西進してきた中規模渦(直径数百kmの海洋の渦)
が黒潮と相互作用すること(Ebuchi and Hanawa,2003)や、トカラ海峡付近で黒潮流速が増加すること(Kawabe,1995)、
常磐から房総沿岸で発生した4〜6日周期の海面高度の変動が本州・四国南岸を西へ伝播して九州南部に到達しトリガーとなること
(Nagano and Kawabe,2005)、などが考えられる。また、トカラ海峡における海面での黒潮流軸の南北変動が黒潮大蛇行
の発生と消滅に関係しているとの説(Yamashiro and Kawabe,1996)や、トカラ海峡での黒潮流路の曲率は、黒潮大蛇行の時期に小さく、
非大蛇行の時期に大きいと指摘されている(Yamashiro and Kawabe,2002)。
黒潮の流路変動は日本南岸の潮位に影響を及ぼし、特に大蛇行期間には東海から関東地方沿岸で潮位の上昇がみられる
(コラム「日本近海の異常潮位」参照)。夏から秋にかけては、季節的な変化として1年で最も潮位が高くなることから、
大蛇行による潮位の上昇分が重なると、沿岸の低地では浸水などの被害が生ずる可能性が高くなる。この潮位の上昇は、
大蛇行流路が定着するときに出現する東海沖の冷水渦が原因と考えられている(図2.2.2-4)。冷水渦は、周囲より水温の低い、
反時計回りの循環をもつ渦である(図2.2.2-5右)。北半球では流れの向きに対して右側で、左側より海面高度が高くなるため、
冷水渦の北縁に位置して西向きの流れである東海地方沿岸では、渦の中心付近に比べて水温と海面高度が高くなる。一方、
非大蛇行時には、東海地方沿岸は流れの向きに対して左側に位置し(図2.2.2-5左)、水温と海面高度が沖合に比べて低くなり、
大蛇行時の冷水渦の中心と同程度の水温、海面高度となっている。このため、大蛇行時には、非大蛇行時よりも平均的に東海地方沿岸で
水温と海面高度が高くなる。杉本・吉田(2005)は、東海地方沿岸の深さ0〜700mの年平均表層水温が大蛇行時に高くなっていることを示した。
また、久野・藤田(2003)は、大蛇行時に熊野灘の深さ200mにおける水温と鳥羽(三重県)の潮位が上昇していることを示した。
Kawabe(1980)は、1974年から1976年の間の日本南岸における潮位変動を調査し、大蛇行流路に移行する過程の時期であった1975年8月に、
東海地方沿岸を含む日本南岸で潮位の上昇がみられたことを報告している。
大蛇行・非大蛇行流路とも、いったん流路が定着すると長期間継続することが多いため、漁業や船舶の航路決定などに影響する。
例えば、大蛇行時に、黒潮に乗って日本近海に来遊するカツオの漁場が沿岸から遠くなり、和歌山県や高知県などで漁獲量が
減少したとの報告がある。ただし、流路変動の影響は、魚種ごとに異なり、さらに漁港と黒潮の流路との位置関係によって
不漁・好漁が海域ごとに異なる(秋山,2005)。
黒潮は、その強流帯の幅が約100kmあること、深さによって速さが異なること、また流路が大きく変動することなどのため、
流速計を海底に設置して直接流れを測定する方法によってその流量を長期間にわたって求めることは困難である。
一方、2点における海水の密度の鉛直分布の差がわかると、その2点間を横切る向きの海洋内部の流れを推定できることから、
黒潮を横切る断面で海水の密度を決めている水温と塩分の分布を観測することによって、黒潮の速さの鉛直分布と流量が見積もられてきた。
このときに常に問題となるのは、黒潮をどの範囲までとするかである。例えば、四国沖のように黒潮のすぐ沖合に時計回りの暖水渦が存在する
(図2.2.2-1)場合には、黒潮の東向きの流れと暖水渦の北半分の東向きの流れを区別するのは難しい。さらに、移動性の時計回りあるいは
反時計回りの中規模渦(直径数百km)が黒潮に重なっていることが多いこともわかってきた。黒潮の流量を求めるときには、
これらの渦をどのように扱うかが重要となる。
このような状況のもとで、四国沖における黒潮の流量を正確に評価するため、1993年から1995年にかけて、九州大学を中心に
多機関の協力のもと、共同観測「ASUKA(足摺岬沖黒潮共同観測)」が実施された。この共同観測では、四国沖における人工衛星
(TOPEX/Poseidon)軌道下に黒潮を横断する測線(ASUKA線;図2.2.2-1)を設定し、これに沿って係留流速計による流速観測を
行うとともに、多くの観測船による海洋観測を繰り返し行った。これらから得られた現場観測データと人工衛星海面高度計データを
組みあわせて解析することにより、黒潮の正確な流量を見積もるとともに、人工衛星による黒潮流量のモニターが可能であることを
明らかにした。これにより、四国沿岸から北緯26度までの間を通過している黒潮の流量は、1992〜1999年の平均で42×106m3/s、
その変動の標準偏差は9×106m3/sと見積もられた(Imawaki et al.,2001)。この値は、北太平洋上の風の分布から
見積もられた流量の値(40〜50×106m3/s)にきわめて近い。
人工衛星による海面高度から求めたASUKA線を横切る黒潮流量は、秋季に減少する傾向があるが、季節変動の振幅は6〜7×106m3/sで
あり、北太平洋上の風の分布から見積もられる季節変動の振幅(約30×106m3/s)に比べてかなり小さい。
Isobe and Imawaki(2002)は、単純化した2層の海洋モデルを使って季節変動する海上風に対して海洋がどのように応答するかを調べ、
本州南方の伊豆・小笠原海嶺に相当する海底地形がこの季節変動の違いをもたらしていることを明らかにした。すなわち、
季節変動の時間スケールでは、海嶺の東側の変動は海嶺によってほとんど遮られるために、海嶺の西側における流量の季節変動が
小さくなっていることがわかった。一方、数年から十年以上の時間スケールの変動では、変動を伝える波の鉛直構造が異なるために、
海嶺の影響をほとんど受けず、変動が海嶺の東側から西側に伝わっている(Tanaka and Ikeda,2004)。
東シナ海では、黒潮の流量は20〜30×106m3/s程度と見積もられており
(Saiki,1982; Ichikawa and Beardsley,1993;Hinata,1996など)、日本南方における流量よりもかなり少なく、
風の分布から見積もられる流量の半分程度である。また、その経年変動の幅も日本南方に比べて小さい。東シナ海から太平洋へ
ぬけるトカラ海峡における黒潮流量も東シナ海における黒潮と同程度の大きさと変動幅であることから、奄美大島東方を北東に
北上している流れがあるものと推定されてきた(図2.2.2-1)。しかし、海面における流速分布などからは奄美大島の東方に
明瞭な海流は見つからなかった。近年になって、奄美大島東方において人工衛星の軌道下に係留流速計を設置するとともに、
水温・塩分観測と同時に海流の鉛直分布の測定を行い、奄美大島東方における北東向きの流れの鉛直分布と流量の評価が試みられた
(Ichikawa et al.,2004)。この結果、陸棚斜面上の水深600m程度の中層に強い北東向きの流れがあり、その速さは50cm/s程度に達する
ことがあること、また、その流量は平均すると18×106m3/s程度であることがわかってきた。この流量は、東シナ海における黒潮の流量と
同程度であり、日本南方と東シナ海における黒潮流量の差を説明できる。しかし、奄美大島東方海域では北東向きの流れが海面付近で弱く、
流れの強い部分が中層に位置していることから、この上流や下流でどのような流れの分布になっているのか、また、その季節変動や経年変動
がどうなっているのかなどは、まだわかっていない。
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図2.2.2-6 北太平洋中央部の風応力の回転(○)と数値モデルによって再現された 東経138度の黒潮流量(●)の経年変動 Yasuda and Kitamura(2003)のFigure8(b)を転載。 |
黒潮流量の変動とその要因については多くの研究がなされてきている。和方ほか(2004)は、日本南方と東シナ海の黒潮の流量変動を
北太平洋上の風の変動と比較した。その結果、日本南方の東経135.5度を横切る黒潮流量には周期20年程度の顕著な長周期変動がみられること、
同様の変動は北太平洋の風の場の変化にもみられ、風の変化に対して日本南方の黒潮の流量の変化が約4年遅れていること、
東シナ海の黒潮流量については十年規模の長周期の変動は小さいことが示された。また、Hanawa and Kamada(2001)は、
黒潮流量の長周期変動がアリューシャン低気圧の強度をあらわす北太平洋指数の長周期変動から5年遅れで相関が高いことを示している。
このことは北太平洋亜熱帯循環を駆動している北太平洋中央部における風の変動が、亜熱帯循環とその一部である黒潮の流量の経年変動を
引き起こしていることを示唆している。Yasuda and Kitamura(2003)による数値モデルを用いた再現実験においても、
日本南方の黒潮流量の変動と、北太平洋中央部の北緯25〜35度、東経170度〜西経170度における風の変動が、約3年遅れで相関が
高いことが示されている(図2.2.2-6)。
以上のように、数年以上の時間スケールにおいては、黒潮流量は北太平洋中部の風応力の回転(摩擦によって海面が風から受ける力が
水平方向に違うことによって生ずる回転力)の変動から3〜5年遅れて変動している。このような黒潮流量の変動は、北太平洋中部の
風の変動によって生じた海洋の内部構造の変動がロスビー波(地球の自転の効果が緯度によって異なることにより維持される西向きに
伝播する長周期の波)によって西に伝わることによって生じていると考えられている(Deser et al.,1999)。
黒潮は大量の熱を北太平洋の低緯度から中緯度へ運んでおり、その熱は中緯度で大気に放出される。Vivier et al.(2002)や
Dong and Kelly(2004)は、黒潮・黒潮続流や大西洋における湾流の流量の変動と、大気海洋間の相互作用に深く関係する海洋の
貯熱量の経年変動との関係を、1990年代に得られた衛星による海面高度データと数値モデルを使って評価した。それによると、
西岸境界流域で流量が増加すると、黒潮・黒潮続流や湾流のすぐ南側の再循環域で海面水温が上昇するとともに貯熱量が増加し、
さらには海洋から大気への熱の放出量が増加している。このことから、黒潮の流量が増加すると日本近海の黒潮や黒潮続流の南側で
貯熱量が増加し、さらには海洋から大気への熱放出量が増加すると考えられている。黒潮続流域は北太平洋上の熱帯域を除いた海域
のなかで最も活発に大気と熱交換を行っている海域であり(Qiu,2002など)、黒潮の流量の変動は中緯度における大気への熱放出量の
変動などをつうじて北太平洋の大気と海洋の長期変動(例えば2.1.1節で取り上げている太平洋十年規模振動(PDO)など)に大きく影響
していると考えられており、その変動機構についてもいくつか仮説が提案されている(Latif and Barnett, 1994など)。
黒潮の流量は、黒潮の流路変動をもたらす重要な要素の一つと考えられており、流路と流量の関係について理論・観測の両面から
さまざまな研究がされているが、確定的な結論はまだ得られていない。
気象庁では、衛星による海面水温や海面高度、国内外の船舶・ブイによる海流や水温・塩分の観測データ、沿岸の潮位観測データ、
数値モデルを用いて得られる表層水温・海流分布などから、黒潮の流路を決定している。このうち、衛星による海面水温画像では、
図2.2.2-4の例のように、帯状の高温域とその外側の低温域のコントラストから黒潮流軸を推測でき、大蛇行流路への移行の前兆となる
小蛇行や、波長200〜300km程度の小規模の擾乱(黒潮前線波動)によって流路が波うっている様子など、小さな空間スケールの現象も
把握することができる。しかし、海面が雲に覆われているときや、日射で海面付近の海水が暖められて一様に水温が高くなる夏には、
海面水温画像だけから黒潮を確認することが難しい。このため、潮位や船舶による観測データなども用いて総合的に流路を決定している。
衛星による海面水温観測は、開始してからの期間が20年程度と短いため、黒潮の流路の長期変動を解析する場合には、過去数十年間
にわたってデータが存在する潮位と船舶による水温観測データが有効になる。
黒潮の流路の変動と紀伊半島の南端に位置する串本と、その北東約15kmに位置している浦神の潮位差には、一定の関係があることが
知られている(Moriyasu,1961など)。大蛇行時には、黒潮が紀伊半島から離岸するため、串本と浦神の潮位に対する黒潮の影響が
ほとんどなくなり、串本と浦神の潮位差は小さい。一方、非大蛇行時には、黒潮の紀伊半島への接近によって串本の潮位が大きく
変化するが、浦神の潮位変化は串本ほど顕著ではない。このため、非大蛇行時には両者の潮位差が大きくなり、変動も大きくなる。
衛星データがなく、船舶による表層水温の観測データも少なかった時期の大蛇行期間の決定には、串本と浦神の潮位差が有効である。
ただし、潮位差の減少は、黒潮の流路が東海沖で大きく南下する現象よりも1〜2か月先行して起こっている点を考慮に入れる必要がある。
船舶などの水温データを解析した表層水温の分布からは、潮位データからでは得られない黒潮の流路の空間パターンを把握することができる。
図2.2.2-5からもわかるように、天候の水温への影響が小さい200m深以深では、水温の水平勾配の大きい場所で流速が大きいため、
水温の水平分布図からその深さでの黒潮の流軸を推測することができる。水温の水平勾配の代わりとして、本州の南方では、
深さ200mで15℃を黒潮の指標水温として用いることができる(川合,1972)。この指標は、平均として15℃付近に黒潮流軸が
存在することが多いことを意味するもので、個々の事例では必ずしも15℃の場所に黒潮流軸が位置するわけではないが、
実用上簡便な方法であるため従来から使用されている。
ここでは、統一した客観的手法により作成した1961年以降の水温の解析値データセットをもとに、深さ200mで15℃を指標水温として
東海沖(東経136〜139度)での黒潮流軸を求め、過去の黒潮流路の変動状況をまとめる。なお、客観解析では解析格子点間隔
(ここで用いたものでは約25km)よりも小さい空間スケールの現象は表現できないので、黒潮の最南下緯度、黒潮大蛇行の継続期間などの値は、
衛星による海面水温画像など各種データをもとに総合的に判断して決定したものと異なる場合がある。
表2.2.2-1に、過去の黒潮大蛇行期間と継続期間、大蛇行期間中の最南下緯度、および最南下点の平均的な経度を示す。
1965年以降、黒潮大蛇行は5回発生している。
図2.2.2-7上は、東海沖(東経136〜139度)における黒潮の月別最南下緯度の時系列である。月別最南下緯度は、半旬ごとに
求めた黒潮の最南下緯度のうち最も南の値である。最南下緯度が北緯32度以南になった期間が大蛇行流路、それ以外の期間が
非大蛇行流路に対応している。黒潮が東海沖で北緯32度以南に南下した場合、その状態が一時的な擾乱として数か月で終了しなければ、
1〜4年の長期間にわたり安定して存在することがわかる。また、北緯32度以南になった期間は、串本と浦神の潮位差が小さい時期と
おおむね一致している(図2.2.2-7下)。
黒潮大蛇行が発生しやすい時期は、長い時間スケールでみると約20年周期で変動するといわれており(Kawabe,1987)、
1960年代半ばから1970年代半ばまでは非大蛇行流路、1970年代半ばから1990年代始めまでは大蛇行流路、1990年代以降は非大蛇行流路が
卓越していた。なお、最近では、2004年夏に13年ぶりに安定した大蛇行流路となった。
| 安定した大蛇行型流路の期間 | 継続日数 | 期間中の最南下緯度 | 最南下点の平均経度 |
|---|---|---|---|
| 1975年8月〜1980年3月 | 4年8か月 | 30.0°N | 137.3°E |
| 1981年11月〜1984年5月 | 2年7か月 | 31.0°N | 138.7°E |
| 1986年12月〜1988年7月 | 1年8か月 | 31.3°N | 138.3°E |
| 1989年12月〜1990年12月 | 1年1か月 | 31.6°N | 138.3°E |
| 2004年7月〜2005年8月 | 1年2か月 | 31.3°N | 138.1°E |
東海地方沿岸の潮位と水温は、黒潮大蛇行が発生すると上昇することが知られており、水温の上昇が大きいほど、
平均的な潮位の上昇幅も大きくなる。ここでは久野・藤田(2003)と同様に、海面からの加熱・冷却の影響が小さく、
黒潮や冷水渦の位置による水温変動が大きく影響する深さ200mの水温を用いることで、黒潮流路と東海沖の水温の
関係を示す。
図2.2.2-8は、東海地方沿岸域(北緯34〜34.5度、東経137〜138度)で領域平均した、深さ200mにおける月平均水温の
経年変動を示している。期間全体の平均水温は12.1℃で標準偏差は約1.0℃である。高水温の時期は黒潮の最南下緯度が
北緯32度以南になった時期とおおむね一致しており、特に、1975〜1980年の大蛇行期間に水温が高かった。黒潮流路の南下、
すなわち東海沖に冷水渦が存在する時期に、渦の北縁で水温が高くなっていることがわかる。ただし、最南下緯度が
北緯32度以北だった1995年前後にも水温が高くなっている、1981〜1984年の大蛇行期間の後半に水温が平均より
低くなっている、などの例外もある。5回の黒潮大蛇行では、いずれも大蛇行となる数か月前から水温が上昇しはじめ、
最南下緯度が北緯32度以南となった月の前後に水温のピークがみられる。1975〜1980年の大蛇行では、最南下緯度が
北緯32度以南となる1か月前の1975年8月に、前月より水温が約3℃以上上昇している。東海地方沿岸での顕著な
表層水温上昇は、黒潮流路が大蛇行流路に移行する過程で発生しやすいと考えられる。
1975〜1980年の大蛇行期間は、他の大蛇行に比べて表層水温が高く推移している。この大蛇行では、冷水渦の位置が
他の大蛇行に比べて西偏していたため、黒潮が東海沖を北上し、東海地方沿岸で水温が高くなったと思われる。東海沖に
おける表層水温の上昇は小蛇行の通過にともなって大蛇行初期に起こりやすいが、その後の表層水温の経過は、東海沖の
冷水渦の位置や強さに大きく左右されると考えられる。
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図2.2.2-9 2003年11月から2004年8月までの日本南方における黒潮の流路変化 |
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図2.2.2-10 2004年7月10日の海流(深さ70m、矢印)と深さ200mの水温(等値線とカラー、単位:℃) の分布図 |
図2.2.2-9に2004年黒潮大蛇行の発生過程を示す。2003年11月に九州南東で発生した小蛇行が、2004年4月に室戸岬沖に達し、
7月には東海沖に達してそこで蛇行の規模が大きくなった。7月下旬に最南下緯度が北緯32度以南となり、8月には安定した
大蛇行流路となった。東進する小蛇行は内側に冷水渦をともなっており、その冷水渦が紀伊半島沖に達する7月ころに、
その東側を周り込むように黒潮が北上して東海地方沿岸に接近していた(図2.2.2-10)。東海地方沿岸域の深さ200mの水温は、
2004年7月に14.4℃となり、1961年1月以降で12番目に高い値だった(図2.2.2-8)。その後、冷水渦が南東へ移動し、
東海地方沿岸域の水温はピークより低くなったが、冷水渦の北縁にあたるため水温の高い状態が続いた(図2.2.2-5右)。
東海地方沿岸の舞阪(静岡県)の月平均潮位偏差は、2004年5月、6月には+2cm程度であったが、7月には+13.8cmと大きくなった。
8月には潮位偏差は+17cmとさらに大きくなった。9月から12月までは+10cm前後で推移し、潮位の高い状態は2005年2月まで続いた。
2004年7月に発生した黒潮大蛇行は、2005年8月から9月の間に非大蛇行離岸流路へ移行した。大蛇行の継続期間は1年2か月で、
期間中の最南下緯度は北緯31.3度であった。継続期間は前回1989〜1990年の大蛇行の1年1か月と同程度で、最南下緯度は1980年代の
3例の大蛇行と同程度であった(表2.2.2-1)。
本州南方では、気象庁および神戸海洋気象台が1967年からニューギニア島北岸に至る定線(東経137度線)で定期的な観測を行っている
(図2.2.2-1)。また、東シナ海においては、長崎海洋気象台が1972年から沖永良部島北西(PN線)、1987年から種子島と奄美大島の間の
トカラ海峡(TK線)で定期的な観測を行っている(図2.2.2-1)。黒潮を横断するように設定したこれらの観測定線での水温・塩分データから、
海洋の鉛直的な密度分布を求めることによって黒潮の流量を見積もる。
北太平洋上における風の応力については、米国環境予測センター(NCEP)が作成した1949〜2004年までの再解析データ
(Kalnay et al.,1996)を用いた。
図2.2.2-11に本州南方の東経137度線における黒潮の流量の経年変動を示す。1980年代以降は10年程度の周期変動が卓越している。
また、1970年代半ばの極小期から1980年代前半の極大期にかけて流量は大きく増加した。近年では1996年ころに極小、2000年ころに
極大となり、その後は減少している。
亜熱帯循環(ひいては黒潮)を駆動する風の場の指標として、Yasuda and Kitamura(2003)にしたがって、北太平洋中央部
(北緯25〜35度、東経170度〜西経170度)における風応力の回転の偏差(負の偏差が大きいほうが時計回りの海流を引き起こす
力が強い)の経年変動を図2.2.2-12に示す。黒潮の流量と同様の変動がみられ、風のほうが黒潮流量よりも3〜5年程度先行している。
また、2000年以降風応力の回転の負偏差が大きく(すなわち時計回りの向きの駆動力が強く)なっている。
図2.2.2-13にPN線(沖永良部島北西)およびTK線(トカラ海峡)を横切る黒潮流量の経年変動を示す。東シナ海の
黒潮流量は、PN線で25〜30×106m3/s、TK線では20〜25×106m3/sで、
その変動幅は5×106m3/s程度である。PN線での黒潮の流量は、大陸棚と海盆の境にあたる
水深が300mから1000mと急激に深くなる約50kmの範囲で多く、流路は安定している。一方、黒潮が東シナ海から太平洋へ
ぬけるTK線では、観測定線の中央付近に水深300m程度の海山があって、一般に表面の強い流れは北側で観測されるが、
海面から海底まで積算した流量は水深が深い南側で多い。また、流路や流量の分布には南北変動がみられる。
PN線における黒潮流量の経年変動では、準2年と5年程度の周期の変動が顕著であるが、1995年以降は5年程度の
周期の変動が卓越しており、準2年の周期の変動は不明瞭となっている。5年程度の周期の変動は、北太平洋中央部
(北緯23〜25度、西経165〜170度)の風応力の回転の5年程度の周期の変動と5年程度の遅れで相関が高い(白石,2003)。
この領域は、本州南方の黒潮流量と風応力の回転との相関が高い領域(ア参照)よりも南東側に位置していることから、
東シナ海における黒潮流量の経年変動が、日本南方における黒潮流量の経年変動とは異なったものになっている
要因の一つである可能性がある。
PN線における黒潮流量の長期の変動傾向をみると、1990年代は1980年代に比べ少ない。最近では、1990年代後半から
増加に向かった後、2002年を極大にして減少傾向にある。2004年秋の観測値は1971年以降で2番目に少なかった。
黒潮大蛇行は1965年以降5回発生している。1960年代半ばから1970年代半ばまで非大蛇行流路が卓越し、
1970年代半ばから1990年代始めまでは安定した大蛇行流路が頻繁に発生した。その後、ふたたび非大蛇行流路が
卓越した期間が10年以上続いた。
黒潮は、2004年7月下旬に13年ぶりに安定した大蛇行流路となり、2005年8月まで継続した。継続期間は1年2か月で、
1989〜1990年の黒潮大蛇行の1年1か月と同程度であった。また、期間中の最南下緯度は1980年代の3例の黒潮大蛇行と同程度であった。
黒潮大蛇行の期間と、東海地方沿岸の深さ200mにおける高水温期がよく対応している。特に、非大蛇行流路から大蛇行流路
へ移行する1〜2か月の期間に顕著な水温上昇がみられる。上記の黒潮大蛇行では、2004年7月から東海地方沿岸の深さ200mにおける
水温と潮位が高くなり、潮位の高い状態は2005年2月まで続いた。
本州南方の黒潮流量は、1970年代半ばから1980年代始めにかけて大きく増加した。1980年代以降は10年程度の周期変動が
卓越しており、近年では1996年ころに極小、2000年ころに極大、その後は減少している。このような黒潮流量の経年変動は、
北太平洋中央部(北緯25〜35度、東経170度〜西経170度)における風応力の回転の強さの変動と3〜5年遅れで相関が高い。
このことから、北太平洋中央部の風の場の変動によって生じた海洋の内部構造の変動がロスビー波によって3〜5年かけて
北太平洋西岸に伝わり、黒潮流量の経年変動をもたらしていると考えられる。
東シナ海の黒潮流量の変動幅は本州南方に比べてかなり小さい。東シナ海の黒潮流量の変動では準2年と5年程度の周期が
顕著であるが、1995年以降は5年程度の周期変動が卓越し、準2年の周期変動は不明瞭となっている。東シナ海の黒潮流量は
2002年に極大になった後、減少傾向にあり、2004年秋は1971年以降で2番目に少なかった。
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