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エルニーニョとは、スペイン語で「男の子−神の子―」という意味である。ペルー付近の沖合では毎年12月から1月にかけて南向きの海流があらわれ、海面水温が上昇する。それにともなって乾燥地に雨が降るような天候の変化が起こる。天恵の慈雨がちょうどクリスマスの時期にあたることから「神の子」が訪れたとされていた。この変化は南米沿岸の季節的なものだが、数年に一度、強い南向きの海流と海水温上昇が起こり、半年から1年半程度続くことがあり、アンチョビを中心とした漁獲量は激減し、洪水も頻発する。これがエルニーニョ現象である。
このようにエルニーニョ現象は、元来はペルー付近の局地的な現象と考えられていたが、現在では、太平洋全域の大気と海洋の大規模な経年変動の海洋側の現象であると認識されている(Bjerknes, 1969)。
図1.5.1や図1.5.5に示した海面水温や海面気圧、東西風、雲量などの偏差の時系列をみると、これらの諸量が3年から7年程度の周期で、しかも非常に高い相関をもって周期的に変動していることがわかる。大気の数年周期の変動は海面気圧の東西間の振動として「南方振動」という。そこで、この大気と海洋の大規模な変動はエルニーニョ(El Nino)と南方振動(Southern Oscillation)の頭文字をつないで、ENSO(エンソ)と呼ばれる。ENSOは季節変化とともにもっとも顕著な気候変動である。このENSOのエルニーニョ現象とは反対の現象である、東部太平洋の海面水温が通常より低下した状態は、エルニーニョとの対比の意味合いで「ラニーニャ現象」(女の子)と名付けられた(Philander, 1985)。
図A3.3は熱帯太平洋の海面水温と海上風の年平均分布である。水温が28℃を超える暖かい海域(暖水プール)が西太平洋に広がっているのに対し、東太平洋の赤道付近は冷たく、東西間で大きな水温差がある。平年の状態では、年間をつうじて海面付近を貿易風と呼ばれる東風が吹いており、その東風から受ける西向きの力(応力)を受けて、海面近くの日射で暖められた海水は、西部のインドネシア付近に吹き寄せられている。海面水温が高い西太平洋では空気が暖められて上昇流が生じ積雲が発達する。西太平洋は低圧になるので、東太平洋から空気が吹き込む。対流圏上部では逆に、上昇してきた空気が東太平洋に向かい、そこで下降するような東西循環が形成される(ウォーカー循環)。一方、地球の自転の効果で、東風によって海面の水は北半球では北に、南半球では南に動く(エクマン流)。その結果、赤道には深いところから冷たい水が上昇してくる(赤道湧昇)。また東部の南米沿岸では南東風のため離岸する海面付近の水を補うように深いところから冷たい水が海面付近に運ばれている(沿岸湧昇)。そのため、東部の海面水温は西部に比べて低くなっている。
この東風と海面水温の東西差は、相互に強め合う関係にある。東太平洋が冷え海面水温の東西差が増すと、海面の東風は強まる。東風が強まると、さらに上層の水は西太平洋にたまり、東太平洋は冷え、海面水温の東西の差は広がる。すると、さらに大気の東西循環が強くなる。こうして、大気と海洋が互いに影響を及ぼしあって、東西間でコントラストが生じ、熱の拡散や摩擦も加わって平衡状態が形成されている。
図A3.4に1997年11月の海面水温の実況値と平年値からのずれ(偏差)を示す。偏差でみた場合、東太平洋から中部太平洋にかけては正偏差が赤道を中心にくさび状に広がる一方、西太平洋は弱いながらも負偏差となる。実況値では、海面水温自体は依然、西太平洋のほうが高く、東太平洋のほうが低いものの、図A3.3に比べ東西の水温勾配は小さい。偏差の分布は、暖かい領域が西太平洋から東のほうに張り出した結果であることがわかる。このような分布の変化は熱帯域のみならず、中高緯度の大気循環場にも影響を及ぼす。
エルニーニョ現象のとき、大気や海洋の状態がどのように変わるのかを平常時との比較でまとめたのが図A3.5である。高い海面水温の領域は東太平洋まで広がっている。海面水温の東西差が減るのでウォーカー循環は弱まり、東西の気圧差は減る。雲が活発に発生する大気の上昇域も中部太平洋に移ってくる。海上の東風が弱まるので、赤道湧昇も弱まり、東太平洋の海面水温はさらに上昇する。海洋上層には南赤道海流という西向きの海流が流れているが、東風が弱まると冷たい水を西に運ぶこの海流も弱まり、海面水温の上昇を助長する。また、海洋内部においても、上層の暖水と下層の冷水との境となる、水温が急激に変化する層(水温躍層)の東西方向の深度の差が小さくなり、上層の厚さは西で減り東で増す。海面水位は上層の厚さを反映しているので西太平洋で下がり、東太平洋で上昇する。このように図1.5.1や図1.5.5のエルニーニョ現象時の変化は、図A3.5で示した大気、海洋の平均状態の東西の間の対比が弱まった状態として説明でき、大気の変化が海洋の変化を強め、海洋の変化がさらに大気の変化を強める、正のフィードバックが働いていることがわかる(Bjerknes, 1969)。逆に、ラニーニャ現象の際には、東太平洋の海面水温が下がり、東風がさらに強くなり、水温躍層の傾きも急になる。
エルニーニョ現象の発生時には、東太平洋の海面水温の変化に先駆けて海の内部で赤道に沿って水温変化が西から東へ伝わることが多い。この水温変化の伝播は赤道付近に存在する海洋波動であり、西太平洋の赤道域で西風成分が強まり半月から1か月にわたって持続した場合(西風バースト)に励起される。この海洋波動の東進によって東太平洋の水温躍層が深まると、湧昇による冷却の効果が弱まり、海面水温は上昇し、これを契機に貿易風が弱まり、さらに東部の海面水温が上昇してエルニーニョ現象の発生に至る。
このような意味から海洋表層の変化を検出することがエルニーニョ現象の把握や予測には重要であり、太平洋熱帯域ではTAO/TRITONブイと呼ばれる定置ブイ網(McPhaden et al., 1998)や中層フロートなどによる観測体制が整備され、海洋表層の状況を常時監視している。
エルニーニョ現象が発生すると3で述べたように熱帯大気の東西循環(ウォーカー循環)が弱まるだけでなく、熱帯大気の熱源(降水にともなう潜熱放出による非断熱加熱)の変化が大気中を波動(ロスビー波)として伝播することによってその影響は中高緯度にも及んで卓越する大気の偏差パターンを作り出す。
図A3.6で示したPNA(Pacific North American)パターンとWP(Western Pacific) パターンは、北太平洋域で振幅の大きい代表的なテレコネクションパターンであるが、これらのパターンがエルニーニョ南方振動の影響を受けて変動することが以前から知られている(Horel and Wallace, 1981)。また、PNAとよく似ているが波列の位相がやや東にずれた熱帯北半球パターン(TNH: Tropical Northern Hemisphere)のほうがより密接にENSOと関係しているという考えもある(Mo and Livezey, 1986)。
図A3.6 大気の代表的なテレコネクションパターンである(a)PNAパターンと(b)WPパターン
Wallace and Gutzler(1981)によるそれぞれの活動度の指標と12、1、2月の冬平均500hPa高度偏差との回帰係数(等値線間隔10m)と相関係数(色彩)。
PNAとWPパターンは、それぞれエルニーニョ現象時にあらわれやすい傾向があるものの、中緯度の大気の変動は複雑で熱帯からの影響だけで決まるものではない。実際、個々のエルニーニョ現象によって冬の中緯度の大気循環の様子にはかなりのばらつきがある(Kodera, 1998)。また、PNAやWPはエルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生していない年にも出現している。
Bjerknes, J., 1969: Atmospheric teleconnections from the equatorial Pacific. Mon. Wea. Rev., 97, 163-172.
Horel, J.D., and J.M. Wallace, 1981: Planetary-scale atmospheric phenomena associated with the Southern Oscillation. Mon. Wea. Rev., 109, 813-829.
Kodera, K., 1998: Consideration of the origin of the different midlatitude atmospheric responses among El Nino events. J. Meteor. Soc. Japan, 76, 347-361.
McPhaden, M.J., A.J. Busalacchi, R. Cheney, J.R. Donguy, K.S. Gage, D. Halpern, M. Ji, P. Julian, G. Meyers, G.T. Mitchum, P.P. Niiler, J. Picaut, R.W. Reynolds, N. Smith, and K. Takeuchi., 1998: Tropical Ocean-Global Atmosphere observing system: A decade of progress. J. Geophys. Res., 103, 14169-14240.
Mo, K. and R. E. Livezey, 1986: Tropical-extratropical geopotential height teleconnections during the Northern Hemisphere winter. Mon. Wea. Rev., 114, 2488-2515.
Philander, S.G.H., 1985: El Nino and La Nina. J. Atmos. Sci., 42, 2652-2662.
Wallace, J.M. and D.S. Gutzler, 1981: Teleconnections in the geopotential height field during the Northern Hemisphere winter. Mon. Wea. Rev., 109, 784-812.
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