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海洋内部には、それぞれに固有の水温・塩分などで特徴付けられる海水の広がりが存在しており、水塊と呼ばれている。北太平洋の海面から水深1000m程度までにみられる代表的な水塊には、水深100〜400m付近の厚い等温(等密度)層で特徴付けられるモード水と呼ばれる三つの水塊(図3.4.8(a)のT, U, V)や、北太平洋亜熱帯循環域の水深100〜200m付近における塩分の高い(極大)層として特徴付けられる北太平洋回帰線水(図3.4.8(b))、北太平洋亜熱帯循環域の水深300〜800m付近の塩分の低い(極小)層で特徴付けられる北太平洋中層水(図3.4.8(c))などがある。



図3.4.8北太平洋における(a)モード水、(b)北太平洋回帰線水、(c)北太平洋中層水の分布の模式図
(a)Talley(1999)にもとづくモード水の分布域。形成域の違いごとに、図中のIが北太平洋亜熱帯モード水、Uが北太平洋中央モード水、Vが北太平洋東部亜熱帯モード水を示す。黒の矢印は亜熱帯循環をあらわす。(Hanawa and Talley (2001)のPlate 5.4.3をもとに描画)
(b)等密度(1024.0kg/m3)面上における塩分が34.9以上である北太平洋回帰線水の分布域。ハッチで示した海域は北太平洋回帰線水の形成域と考えられている。(Suga et al.(2000)のFig.4をもとに描画)
(c)Talley(1999)にもとづく北太平洋中層水の分布域。北太平洋中層水は赤の×印の海域で形成される。またハッチで示した海域で起こる強い混合が北太平洋中層水の性質に大きな影響を及ぼしている。(Hanawa and Talley(2001)のPlate 5.4.3をもとに描画)
これらの水塊は、主に海面における大気海洋間の熱や水の交換などで形成され、海洋内部へ運ばれているため、水塊のもつ性質やその分布の変動は、水塊の形成域における大気海洋間の相互作用や海洋の循環の変動を反映している。また、各大洋の中緯度域には、夏季に形成される高温で薄い表層混合層(上下混合のために海水温がほぼ一定となっている海面近くの層)の下でそれに先立つ冬季の海面水温偏差が維持されて、次の秋から冬にかけて前年と同じ傾向の水温偏差としてふたたび海面にあらわれる海域があり(Namias and Born, 1970, 1974; Alexander and Deser, 1995; Watanabe and Kimoto, 2000など)、その海域はモード水が形成される海域と対応している(Hanawa and Sugimoto, 2004)。このような海域では前年の大気の状態の情報が海洋中に保存され、翌年には逆に大気の状態に影響を及ぼしている可能性がある。このように海洋の水塊は大気の状態を長期間にわたって保存する性質があり、熱交換をつうじて気候に大きな影響を与えるとともに、大気の状態を理解するうえで重要と考えられている。以下に、これらの代表的な水塊の最近の状況について記述する。
図3.4.8(a)に示したように、北太平洋にみられるモード水には、形成域の違いによって北太平洋亜熱帯モード水(図中のI)、北太平洋中央モード水(U)および北太平洋東部亜熱帯モード水(V)の3種類がある(Hanawa and Talley, 2001)。北太平洋亜熱帯モード水はこのなかで最も古くから知られているもので(Masuzawa, 1969)、本州東方の黒潮続流域で冬季に形成されて海洋内部に沈み込み、亜熱帯循環域北西部の水深100〜400m付近に分布している。冬季に黒潮続流域で形成された亜熱帯モード水は黒潮の再循環流によって西に運ばれている。
気象庁が定期的に観測を行っている東経137度線においては、夏季の北緯22〜30度の 水深150〜400m付近に亜熱帯モード水が分布している。これは主に直前の冬季に東方の黒潮続流域で形成されたものである(Suga et al., 1989)。東経137度線における亜熱帯モード水のコア水温(水温の鉛直変化が最も小さい部分の水温)の経年変化を図3.4.9に示す。コア水温は、1970年代後半は約16℃で低かったが、1980年代にはいって上昇し、1999年夏季には19℃を超えていた。
図3.4.9に示された東経137度線の夏季におけるコア水温の変動は、黒潮続流域における亜熱帯モード水のコア水温の1970年代前半から1990年代前半における変動(Hanawa and Kamada, 2001)や、小笠原諸島付近における亜熱帯モード水のコア水温の1984年から1995年における変動(Taneda et al., 2000)とその傾向がほぼ一致しており、東経137度線にみられるコア水温の変化は亜熱帯モード水全体の水温の変化傾向を代表していると考えられる。
このような亜熱帯モード水のコア水温の変動の要因について、Taneda et al.(2000)は、コア水温の変動が、根室とロシアのイルクーツクの気圧差で定義されるモンスーンインデックスと呼ばれる季節風の指標の冬期の平均値の変動と相関が高いことを示した。このことは、冬季季節風の強弱にともなう海面での大気海洋間の熱交換量の変動が亜熱帯モード水のコア水温変動の要因の一つであることを示している。
また、Hanawa and Kamada(2001)は亜熱帯モード水のコア水温の変動がその形成域である黒潮続流域における冬季(2月および3月)の海面水温の変動と相関が高いことを示した。さらに、さまざまな大気の指標や黒潮の流量などの変動と亜熱帯モード水のコア水温の変動との相関関係から、10年を超える時間規模では黒潮流量の変動が、10年よりも短い時間規模では東アジアにおける冬季の季節風の変動が、それぞれコア水温の変動に強く影響していることを示した。
さらに、Yasuda and Kitamura(2003)は、海洋大循環モデルを用いた実験において、黒潮による熱の輸送量の変動と大気への熱の放出量の変動が亜熱帯モード水のコア水温の長期変動の主な要因であることを示している。この結果は、上述の現場観測データによる解析結果を支持している。
先に述べたように、亜熱帯モード水のコア水温は1999年に極大となっている。この年は冬季のモンスーンインデックスが高く、季節風は強かったため、季節風の強弱の観点では、亜熱帯モード水のコア水温を低下させる状況にあった。一方、東経137度線を横切る黒潮流量はこの時期に極大となっていた (1.6.2項参照)。このことから、亜熱帯モード水のコア水温が1999年頃に高かったことは、黒潮の流量増加による熱の輸送量の増加が大きく寄与していたと考えられる。
北太平洋回帰線水は、北太平洋亜熱帯循環域の塩分の鉛直分布における極大層で特徴付けられる水塊である(Tsuchiya, 1968)。この水塊は、ほぼ北回帰線(北緯23度26分)に沿った、蒸発が盛んで降水が少ない北太平洋中央域の海面で形成されて海洋内部に沈み込み、等密度面に沿いながら北赤道海流によって西へ運ばれている(図3.4.8(b); Suga et al., 2000)。
北太平洋回帰線水は、気象庁が定期的に観測を行っている東経137度線においては塩分*34.9以上の領域として、北緯10〜23度の水深100〜200m付近にみられる。
図3.4.10に東経137度線における塩分34.9以上の北太平洋回帰線水の断面積の経年変動を示す。断面積は1978〜1987年頃と1994〜1997年頃に広く、1969〜1977年頃と1990〜1993年頃および1998〜2003年頃に狭いという変動がみられ、1977/1978年および1997/1998年には急激な増加あるいは減少が起きていた。
*塩分(実用塩分)は無次元の値であり、海水1kgに溶けている物質のグラム数に相当する。
1970年代後半には北太平洋の海面水温や500hPa高度の偏差の分布などの大気や海洋の状態に大きな変化が起こっており(2.2節コラム参照)、東経137度線における北太平洋回帰線水にもこの時期に断面積やその塩分などに大きな変化がみられた。
東経137度線では北緯15度付近が南北方向で最も塩分が高い。東経137度線における塩分分布と、形成域における海面塩分分布や形成域から運ばれてくる軌跡などとの比較結果から、北緯15度よりも北側にみられる北太平洋回帰線水は、北回帰線付近の日付変更線よりも西側の海域で形成されており、また、北緯15度よりも南側の北太平洋回帰線水は、北回帰線付近の日付変更線よりも東側の海域で形成されていると考えられている。1970年代後半にみられた変化は北緯15度の北側と南側で傾向が異なっており、それぞれに対応する形成域における風の場や降水量などの変動の違いが、この変化傾向の違いをもたらしたと考えられる(Suga et al., 2000)。
北太平洋中層水は北太平洋亜熱帯循環域の水深300〜800m付近に広がっている、塩分の鉛直分布における極小層で特徴付けられる水塊である(Reid, 1965; 図3.4.8(c))。黒潮と親潮が接する本州東方において、オホーツク海を起源とする親潮系水と黒潮によって運ばれてきた黒潮系水が等密度面に沿って混合して形成され、その後、中層の循環によって広く亜熱帯域に広がると考えられている(Talley, 1993; Yasuda et al., 1996; Yasuda, 1997など)。
気象庁が定期的に観測している東経137度線における、北太平洋中層水にあたる塩分34.2以下の領域の断面積の経年変化を図3.4.11に示す。個々の観測値をみると、1972、1981、1990〜1994、2002年頃に広く、1974〜1979、1985〜1987、1995〜2000年頃に狭くなっている。断面積の時系列を解析すると、3〜5年と10年程度の時間規模の変動が卓越している(Nakano et al., 2005)。
東経137度線における北太平洋中層水の断面積の変動は、東経144度、東経155度および東経165度に沿った南北に伸びる観測線における断面積の変動と同じ傾向を示している。等密度面上の塩分の分布や、北緯24度を東西に伸びる観測線に沿った塩分の鉛直分布状況などとあわせて考えると、塩分極小域は東から西向きに舌状に分布しており、その分布の西側への張り出し具合が変わることによって、東経137度線における北太平洋中層水の断面積が変化していると考えられる(Nakano et al., 2005)。
この断面積にみられる変動は、3〜5年および10年程度のどちらの時間規模においても、北太平洋中層水が分布している亜熱帯循環域の再循環(黒潮や黒潮続流の南側の西向きの流れ)の強度の変動と相関が高いことから、亜熱帯循環域の再循環の強度が変化することによって、西向きの移流の強度が変化し、舌状の分布の状態が変化していると考えられる。3〜5年程度の変動は、北太平洋中央域における冬季の風応力の分布の変動から4年遅れで相関が高く、北太平洋中央域の風の変動が海洋内部を伝わってきて再循環の強度を変動させ、東経137度線での断面積を変化させていると考えられる。一方、10年程度の時間規模の変動は、北太平洋亜寒帯域のアリューシャン低気圧の強度変化を示す北太平洋指数(NPI; Trenberth and Hurrell, 1994)や北太平洋西部の黒潮続流域における大気との熱交換量の変動と11年遅れで相関が高いことが示されている。この変動は、観測された風と海面における熱交換量の変動を用いて駆動した気象研究所の海洋大循環モデルにおいてもよく再現されているが、黒潮再循環の強度を変化させる機構はまだ明らかではない(Nakano et al., 2005)。
図3.4.11 東経137度線における北太平洋中層水の断面積の経年変化(単位: 106m2)
Nakano et al. (2005)のFigure 10およびFigure 16に従い、観測値(細線)と、1年移動平均(青太線)および7年移動平均(赤太線)を示す。
3.4.2 海洋の循環の変動 <<前へ | 次へ>> コラム:Argo(アルゴ)計画