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ホーム > 気象統計情報 > 地球環境・気候 > 異常気象レポート > 異常気象レポート2005 本文 > 2.5 海洋の深層循環

2.5 海洋の深層循環

 海洋の深層循環は、海水の水温と塩分による密度変化によって駆動されている。現在の気候においては、北大西洋北部と、南大洋のロス海やウエッデル海といった高緯度海域で冷却されて重くなった海水が深層(水深1000m以深)と底層(水深数千m程度)に沈みこんで数千年をかけて世界海洋を循環している(図2.5.1参照)が、温暖化にともなって高緯度海域の海水が高温化したり、降水の増加などによって低塩化した場合には海水が軽くなり沈み込む量が減少し、深層循環が一時的であれ弱まるのではないかと考えられている(IPCC,2001b)。

 深層循環が弱まった場合、海洋によって北大西洋北部に南方から運ばれている熱量が大幅に減少する。その結果、海面水温が変化して偏西風などの大気状態を変えるので、現在と異なった気候変動が世界各地で発生するのではないかと懸念されている。本節では海洋の深層循環の状況について、最新の研究成果を含めて紹介する。


図2.5.1 海洋の深層循環の模式図

IPCC(2001b)より図4−2より。青い線は深層流、赤い線は表層流を示す。


 近年、深層循環の変化を知るために、世界各国の協力のもと、海洋の水温と塩分の精密な観測が行われている。その成果として、例えばDickson et al.(2002)は過去40年間にわたって、北大西洋北部の深層水が低塩化してきたことを示している。さらに、Curry et al.(2003)も、1950年代に比べて1990年代は大西洋の高緯度海域の海水が低塩化したことを報告している。また、Hansen et al.(2001)の報告によると、北大西洋北部の深層での高密度水の流出は1950年から現在まで減少傾向にある。もし、この高密度水の減少がほかの海域での増加によって補われなければ、深層循環が弱まってきたことになる。しかしながら、グリーンランド西方のラブラドル海での海水の沈み込みが活発化し、高密度水が増加していることが見出されており(Dickson et al., 1996)、大西洋の深層循環が近年どのように変化してきたのか観測から明確な結論は得られていない。

 一方、Wu et al.(2004)による気候モデルを用いた過去70年間の気候再現実験(四つのアンサンブル実験)では、大西洋の深層循環が弱まった傾向は示されなかった。図2.5.2は、Wu et al.(2004)が再現した北大西洋北部の深層水の塩分変化(a)と北大西洋の深層循環の流量変化の推定値(b)である。太い実線が四つのアンサンブル実験の平均値である。細い実線でSRES B2シナリオ(2.7節参照)にもとづいた予測結果も示している。図2.5.2(a)で1930年から現在(2000年)までをみると、塩分低下がよく再現されているが、深層循環の流量は図2.5.2(b)にみられるように1950年から1990年まで増加しており、深層循環は近年むしろやや強まったのではないかと推定されている。しかしながら、深層循環の変化は北極域から南極域に及ぶ海洋全域の水温と塩分による海面から深層までの密度の南北勾配の変化に敏感であり、全球規模の海洋観測データの不足と気候モデルの不完全さから、その正確な再現と将来変化の推定は困難な状況にある。

 底層水は、南大洋のロス海とウエッデル海で形成された全海洋中でもっとも重い海水(南極底層水)であるが、この海水は海底に沈みこんだ後、全海洋の海底を循環している。図2.5.3の矢印は、Fukasawa et al.(2004)で示された北太平洋での底層水の循環流路である。彼らは、1985年と1999年の2回、図中の点線で示された測線に沿って精密な海洋観測を実施した。その結果、図2.5.4(a)にみられるような底層水の0.002〜0.01℃の観測誤差よりも有意な昇温を見出した。図2.5.4(b)は塩分の変化を示しているが、底層水に観測誤差よりも有意な塩分の変化はみられなかった。一方、Gille(2002)は、南大洋の700〜1100mで1950年から1980年にかけて0.17℃昇温したことを報告している。Levitus et al.(2000)も、全球規模での近年の海水温の上昇傾向を見出している。底層水が南大洋で形成されて太平洋に流入していることから、Fukasawa et al.(2004)の結果は、Gille(2002)とLevitus et al.(2000)の結果と関連している可能性がある。これらの水温上昇は地球温暖化によるものである可能性があるが、明確な結論を得るには今後も観測を継続して、長期的な変化を監視していく必要がある。

 なお、地球温暖化の進行にともなう深層循環の変化予測に関しては、IPCC(2001a)における予測結果を2.7節で紹介する。


図2.5.2 Wu et al.(2004)による気候モデルを用いた過去70年間の気候再現実験結果

四つのアンサンブル実験。太い実線がアンサンブル平均値。細い実線はSRES B2シナリオにもとづいた予測実験結果。(a)北大西洋北部の深層水の塩分変化(NEADW:北東大西洋深層水)。単位はPractical Salinity Units(PSU)。(b)北大西洋の深層循環の流量変化の推定値(MOCmax:子午面循環の最大値)。単位は、Sverdrup(106m3/s)。


図2.5.3 北太平洋での底層水の循環流路(矢印)と海洋観測線(点線)

Fukasawa et al.(2004)より。図中のRV Kaiyo-maruは海洋観測船の開洋丸(日本)、RV Miraiは海洋観測船のみらい(日本)、CCGS J P Tullyは海洋観測船のトゥリィ(カナダ)をあらわす。


図2.5.4 1999年の値から1985年の値を引いた変化

図2.5.3の点線の沿って行った観測結果。赤が増加、青が減少を示す。(a)水温。単位は℃。(b)塩分。単位はPractical Salinity Units(PSU)。Fukasawa et al.(2004)より。



参考文献(2.5節)

Curry, R., B. Dickson, and I. Yashayaev, 2003: A change in the freshwater balance of the Atlantic Ocean over the past four decades. Nature, 426, 826-829.

Dickson, R. R., J. Lazier, J. Meincke, P. Rhines, and J. Swift, 1996: Longterm co-ordinated changes in the convective activity of the North Atlantic. Prog. Oceanogr., 38, 241-295.

Dickson, B., I. Yashayaev, J. Meincke, B. Turrel, S. Dye, and J. Holfort, 2002: Rapid freshening of the deep North Atlantic Ocean over the past four decades. Nature, 416, 832-837.

Fukasawa, M., H. Freeland , R. Perkin, T. Watanabe, H. Uchida, and A. Nishina, 2004: Bottom water warming in the North Pacific Ocean. Nature, 427, 825-827.

Gille, S. H., 2002: Warming of the southern ocean since the 1950s. Science, 295, 1275-1277.

Hansen, B., W. Turrel, and S. Osterhus, 2001: Decreasing overflow from the Nordic Seas into the Atlantic Ocean through the Faroe Bank channel since 1950. Nature, 411, 927-930.

IPCC, 2001a: Climate Change 2001: The Scientific Basis. Contribution of Working Group I to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Houghton, J.T.,Y. Ding, D.J. Griggs, M. Noguer, P.J. van der Linden, X. Dai, K. Maskell, and C.A. Johnson (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 881pp.

IPCC, 2001b: Climate Change 2001: Synthesis Report. A Contribution of Working Groups I, II, and III to the Third Assessment Report of theIntegovernmental Panel on Climate Change [Watson, R.T. and the Core Writing Team (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge,United Kingdom, and New York, NY, USA, 398 pp.

Levitus, S., J. I. Antonov, T. P. Boyer, and C. Stephens, 2000: Warming of the world ocean. Science, 287, 2225-2229.

野崎義行,1994:地球温暖化と海,炭素の循環から探る,東京大学出版会,196pp.

Wu, P, R. Wood, and P. Stott, 2004: Does the recent freshening trend in the North Atlantic indicate a weakening thermohaline circulation? Geophys. Res. Lett., 31, L02301, doi:10.1029/2003GL018584.

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