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平成15(2003)年の夏は、日本では南西諸島を除き10年ぶりに広範囲で冷夏となり、農業をはじめ経済・社会活動に大きな被害がでた。一方、ヨーロッパでは記録的な猛暑となり多数の死者がでた。平成16(2004)年の夏は、日本では一転して猛暑となり各地で高温の記録を更新した。また、10個の台風が上陸し台風の上陸数の記録を大幅に更新するとともに、台風や集中豪雨などによる災害が多発した。このような状況で、多くの人が、最近異常気象が増えているのではないか、異常気象が増えているのは地球温暖化が原因ではないか、今後さらに異常気象が増えるのではないかなどの疑問を漠然と感じている。
気象庁は、100年以上にわたり継続して異常気象や気候変動を監視している。また、近年のコンピュータ技術や数値モデル技術の発展にともない、将来の気候をコンピュータで予測することが可能になっており、当庁を含む国内外の機関で、将来の気候予測のとりくみを進めている。気象庁ではこのような長期間の監視や最新の予測結果を総合的に解析して、昭和49(1974)年以来5年ごとに「近年における世界の異常気象と気候変動−その実態と見通し−」(通称「異常気象レポート」)を刊行し、異常気象、地球温暖化などの気候変動、そのほかの地球環境の変化の現状と見通しについての見解を公表してきた。本書は、その7回目の報告書である。
最近、特に異常気象や地球温暖化が大きな問題となっている。そこで、今回の報告書では、一般の方々が関心のあるテーマについて疑問に思っていることに対する答えがどこに書かれているかがすぐわかるように、「異常気象」、「地球温暖化」、「地球環境問題などにかかわるそのほかの諸現象」のテーマ別に三つの章を設けた。
第1章のテーマとして、人類の社会経済活動に直接的に大きな影響を与え、社会的な関心が非常に高い「異常気象」を取り上げた。1.1節から1.4節までに、異常気象の最近の実態、異常気象の長期変動、今後の見通しについてまとめた。すなわち、この部分に異常気象に関する上述のような疑問に対する答えが書かれている。1.5節から1.6節には、異常気象や気候変動と関係深い海洋の実態について、1.7節には、大気と海洋の長期変動のしくみについて、さらに詳しい説明を記述した。
第2章のテーマは、「地球温暖化」である。地球温暖化は、単に気温の上昇だけではなく、異常気象をはじめとした気象の変化や海面水位の上昇などをもたらし、その社会的・経済的影響の大きさ、影響の及ぶ範囲の広さなどの点で、地球環境問題のなかでも特に重要な問題として世界的に認識されており、多くの人が関心をもっているテーマである。昭和63(1988)年に設置された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)」は、気候変動に関するもっとも信頼のおける科学的見解を評価報告書として公表している。本書では、IPCCの報告書を踏まえたうえで、当庁をはじめとした内外の研究機関の最近の研究成果をもとに、地球温暖化についての気象庁の見解をまとめている。特に、IPCCの報告書にはあまり詳しく書かれていない、日本における温暖化の実態や見通しの見解についても記述した。2.1節から2.6節までに、地球温暖化に関する気候変動の実態について、2.7節には、今後の見通しについて記述した。
第3章のテーマは、「地球環境問題などにかかわるそのほかの諸現象」で、地球温暖化以外の地球環境問題などとして、多くの人が関心をもっている、オゾン層破壊、黄砂、酸性雨、海洋環境を扱っている。また、大都市における過去100年の気温の上昇の原因として、地球温暖化よりも都市化の影響のほうが大きいことから、都市環境、都市気候の変動の問題として、ヒートアイランドは重要な問題であり、3章で取り上げることにした。
本書の各章のタイトルとなっている、「異常気象」、「地球温暖化」、「地球環境」をはじめ、本書を理解するうえで重要ないくつかのキーワードと、気候変動と異常気象に関する基本的な考え方について、あらかじめ説明する。
気候:
前回の異常気象レポート(気象庁, 1999)では、「大気を十分長い時間、平均して導かれる状態を気候という。平均する時間をどの程度とするかは対象としている現象により異なる。本書では、主に、季節、年、数十年の時間規模の気候を対象にしている」と説明している。本書でも、基本的にはこの定義を用いる。おおむね季節より長い期間での平均状態を「気候」と呼ぶが、このなかには、異常気象の長期間統計値など、その期間の変動の特徴も含まれる。なお、特に断りのない限り、本書では100年程度の期間を長期という。 上で述べた気候の概念は、一般的な気候の概念とは少し異なっていることに注意していただきたい。一般的には、気候は数十年の平均的状態を指す。気候風土という言い方があるように、気候とは、「各地における、長期にわたる気象(気温・降雨など)の平均状態。ふつう、30年間の平均値を気候値とする」(広辞苑, 第5版)と説明されている。実際、世界気象機関(WMO:World Meteorological Organization)では、平年値(気候値)を、30年間の平均値として定義している。
気候変動と気候変化:
気候変動(climate variability)と気候変化(climate change)という言葉は同じ意味で使われることが多い。日本では、IPCCを「気候変動に関する政府間パネル」と訳しているように、気候変化の意味でも気候変動という言葉が用いられることが多い。
なお、一般的には気候変動と気候変化を区別して使われる場合もある。例えば、気候変動は気候を定義している30年のなかでの変動をあらわし、気候変化は、30年の平均値として定義されている気候値がもっと長い時間スケールで変化していく様子をあらわす、というように、時間スケールの比較的短い変動を気候変動と呼び、比較的長い変動を気候変化と呼ぶ場合がある。また、人間活動に起因する地球温暖化を気候変化として、自然に起きる気候変動と区別する(IPCC, 1990)場合もある。
気候変動の時間スケール:
本書では、おおむね季節より長い期間での平均状態を気候と呼んでいるので、その変動である気候変動にも、季節より長いさまざまな時間スケールの変動が含まれている。図1(a)の棒グラフは、過去約120年の全球平均(陸上の平均)の年平均気温平年偏差の時系列である。この変動は、例えば、図1(b)のように、時間スケールの異なる三つの変動成分に分けることができる。一つは、緑色の直線であらわされる長期変化傾向成分、二つ目は赤い線で示される数十年規模の長期変動成分、三つ目は、棒グラフであらわされる年々変動成分である。
地球環境(気候システム・地球システム):
気温や降水量などの気候値とその変動に直接影響を及ぼすのは大気であるが、大気や水の循環の変動には海洋・陸面・雪氷の変動が深くかかわっている。そこで、大気と海洋・陸面・雪氷を相互に関連する一つのシステムとして捉えて「気候システム」と呼ぶ。さらに、気候システムの概念の延長として、二酸化炭素やオゾンなど気候に影響を及ぼす微量気体と、それらの分布と変動にかかわる生態系や化学反応物質、さらに人間活動まで含めて一つのシステムとして捉えた「地球システム」という言葉が使われ始めている。 一般に「環境」という言葉は、「人間または生物をとりまき、それと相互作用を及ぼしあうものとしてみた外界」(広辞苑, 第5版)と説明されている。太古の地球環境という場合の環境は「生物をとりまく外界」であるが、本書で扱う地球環境は、「人間をとりまく地球の自然の全体」である。
地球システムという場合には、人間活動も含めた地球全体を科学の対象として客観的に捉えている。これに対し、地球環境という場合には、地球システムのうち人間活動以外の部分を、人間活動の環境として、人間活動との相互作用に重点を置いて捉えている。
自然変動と人為変動:
図1では、全球平均気温の変動を、時間スケールの異なる三つの変動成分(長期変化傾向成分、長期変動成分、残りの年々変動成分)に分けたが、このうち、長期変化傾向成分であらわされる変動の大部分は、人間活動が原因で起きている人為変動と考えられる。また、長期変動成分と残りの年々変動成分の大部分は、人間活動に起因しない自然変動と考えられる。このように考えられる理由については、第2章で詳しく説明するが、主な理由として三つのことが挙げられる。一つ目は、過去約1000年の気温変動をみたとき、最近約100年間の長期変化傾向であらわされるような変動は、それ以前の期間にはみられない「不自然な」変動であること。二つ目は、この長期変化傾向があらわれる時期が、ちょうど人間活動によって二酸化炭素などの温室効果ガスの排出が増加した時期と一致すること。三つ目は、気候システムの数値モデル(気候モデル)によって、大気中の温室効果ガスの濃度の増加を考慮すると、このような気温の長期変化傾向が再現できることである。
図1では、単純な数学的な操作により変動を三つの成分に分解しているので、必ずしもそれぞれの成分が人為的な温暖化、10年スケールの海洋変動、エルニーニョ現象などの物理的な原因に対応してはいない。したがって、長期変化傾向成分がすべて人為変動で、残りがすべて自然変動というのは単純化し過ぎである。実際の人為変動による気温の上昇が100年間一定の割合というわけではない。また、例えば、1970年代の後半から、気温の長期変動成分が増加しているが、これが自然変動だけなのか、人為変動も含まれているかということは、詳しい解析をしないとわからない。詳しい説明は、第2章をみていただきたい。
図1の全球平均の年平均気温では、長期変化傾向は100年間で約0.7℃で、これは、長期変動成分や年々変動成分の変動幅(標準偏差でそれぞれ、0.10℃、0.16℃)と比べて非常に大きな値である。なお、長期変化傾向以外の変動成分の変動幅が小さいのは、これらが全球平均の年平均であるためで、特定の地点の月平均気温や日平均気温では、これらの成分の変動幅はもっと大きい。例えば日本の観測点では、都市化の影響の小さい地点で平均した年平均気温の長期変化傾向は100年で約1℃であるのに対し、月平均気温および日平均気温の平年偏差の標準偏差は、それぞれ0.5℃〜2.1℃、0.9℃〜4.2℃である。
図1(a)全球(陸上)平均の年平均気温偏差(1971年から2000年の平均からの偏差)の時系列。青色の棒グラフは年々変動、赤い曲線は長期変動(11年移動平均)、緑の直線は長期変化傾向(トレンド)をあらわす。(b)年々変動の三つの成分。緑の直線は長期変化傾向成分、赤い曲線は長期変動成分、青い棒グラフは残りの年々変動成分をあらわす。(a)の青色棒グラフで示される年々変動は、(b)の三つの成分を足し合わせたものである。
異常気象:
前回の異常気象レポート(気象庁, 1999)では、異常気象を
「一般に過去に経験した現象から大きく外れた現象で、人が一生の間にまれにしか経験しない現象をいう。大雨や強風などの激しい数時間の気象から数か月も続く干ばつ、冷夏などの気候異常も含まれる。異常気象は、気象災害を引き起こし、社会経済にさまざまな影響を与える。“まれにしか経験しない現象”とは一般に過去の数十年間に1回程度で発生する現象をいっている。“過去”の時期や期間の長さについて明確に規定しているものではないが統計的な取り扱いの必要性と人間の平均的な活動期間を考慮し、期間の長さに30年間を採用していることが多い」
と説明しており、本レポートでもこの定義を用いている。気象用語としての異常気象のことを英語ではextreme event(極端な現象)という。一般に、平均から大きく外れた極端な現象はまれにしか起きない。どのくらい極端な現象を異常気象というかについては、世界的に統一的な基準があるわけではないが、異常気象の発生数の統計などを定量的に議論する場合には、数値的な基準が必要である。そこで、気象庁では、「ある場所(地域)で30年に1回程度発生する現象」を異常気象の一つの基準としている。
しかし、一般に異常気象という場合は、必ずしもこの基準によらずに、気象災害が起きるような極端な現象を指す場合が多い。「30年に1回」という基準を超えるか超えないかで災害が起きるか起きないかが決まるわけではないので、本書の第1章では、「30年に1回」という基準を基本として異常気象について議論をするが、それ以外の基準で議論することが必要な場合には、その基準を明示することとする。
極端な現象の出現頻度:
一般に、平均から大きく外れた現象の出現頻度(発生確率)は小さい。現象の出現頻度が図2(a)のように正規分布であらわされる場合には、現象の偏差値(平均値からのずれ(偏差)の大きさ)を標準偏差(平均的な変動の幅)を単位としてあらわすと、偏差値がある基準値を超える確率が計算できる。図2(a)のように、偏差値が標準偏差の1.83倍より大きくなる確率、あるいは−1.83倍より小さくなる確率はともに3.3%であり、これは異常気象の基準である30年に1回の出現頻度に相当する。偏差値が標準偏差の1倍、2倍、3倍を超える現象の出現頻度は、それぞれ、およそ6年、44年、740年に1回 である。
地球温暖化:
地球温暖化は地球環境問題のうちもっとも主要な課題であり、「地球温暖化」は、「異常気象」と並んで、本書のもっとも重要なキーワードである。地球環境問題としての地球温暖化は、図1の長期変化傾向であらわされるような人間活動による地球の気温上昇を指す。地球温暖化が人為変動であるということは、その対策を行う観点から二つの点が重要である。一つは、それが人間活動に起因するということから、将来の人間活動の仕方によって温暖化をある程度制御(抑制・緩和)できるということである。もう一つは、人間活動の将来の筋書きに応じて、地球温暖化がどの程度進行するか予測ができるということである。予測ができれば、それに応じた適応策を考えることも可能である。地球温暖化の将来予測については、2.7節で説明する。
地球温暖化と異常気象の関係:
地球温暖化によって異常気象が増加しているのではないか。地球温暖化は異常気象の発現頻度にどのような影響を与えるのか。本書では、このような問題についても議論している。
気温の平均値が上昇する場合でも、異常低温の発生頻度が増加することがあるなど、気温や降水量などのばらつき(偏差)が地球温暖化によりどのように変化するのかという観点が、温暖化対策を実施するうえで重要である。このため、本書では、気温、降水量などの偏差がどのように変化するのかということにも考察を加えた。
例えば、地球温暖化が起きる以前のある地点の月平均気温の偏差の頻度分布が、図2(a)のような正規分布であらわされるとする。この場合、気温の変動の原因は自然変動だけである。このときの異常気象を、30年に1回程度の頻度で起きる現象とすると、図2(a)のように気温偏差が標準偏差の1.83倍を超える場合が異常高温、−1.83倍より低くなる場合が異常低温となる。次に、地球温暖化によって、月平均気温の自然変動の変動幅は同じだが、平均値が例えば標準偏差の0.4倍だけ高くなったとすると図2(b)のようになる。この場合、温暖化が起きる前と比べて、異常高温が発生する確率は倍以上になり、異常低温の発生する確率は半分以下になる。さらに、図2(c)のように、温暖化によって、平均値が標準偏差の0.4倍高くなると同時に、自然変動の変動幅が3割増加したとする。この場合には、温暖化が起きる前と比べて、異常高温が発生する確率は4倍以上になり、異常低温の発生する確率も3割程度増加する。
図2 (a)気温偏差の分布が図のような正規分布であらわされるとすると、偏差が標準偏差の1.83倍より大きくなる確率、−1.83倍より小さくなる確率はともに3.3%(30年に一回)となる。(b)地球温暖化で平均気温が高くなると、異常高温の発生する確率が高くなり、異常低温の発生する確率は小さくなる。(c)地球温暖化で平均気温が高くなると同時に、変動の幅も大きくなる場合は、異常高温が発生する確率はさらに大きくなり、異常低温の発生確率も3割程度増加する。
気象庁, 1999:異常気象レポート’99.
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change), 1990:Climate Change: The IPCC Scientific Assessment.Contribution of Working Group I to the First Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. [Houghton, J.T., G.J. Jenkins and J.J. Ephraums (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 365 pp.
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